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TISネットワーク通信vol.39-COLUMN

レジの向こう側の世界とWell-being

四国大学・四国大学短期大学部 副学長 加渡いづみ

 ここ数年、食料品をはじめ身の回りの多くの商品やサービスの値上がりが続いています。もちろん、その原因は一つではなく、ウクライナや中東での紛争や政情の不安定、円安、気候変動の影響による食糧生産の減少など、様々な要素が複雑に関連し合っています。例えば2024年、ブラジルで異常気象による猛暑や干ばつ、洪水が原因で、オレンジが不作となりました。日本から見た場合、「地球の反対側」と表現されるブラジルまでの距離は約1万8000km、そのブラジルでオレンジが不作となったことにより、日本国内のオレンジジュースが品薄となり、価格の上昇につながりました。

 「ブラジルでオレンジが不作となると、なぜ日本の店頭からオレンジジュースが消えるの?」と不思議に思われる消費者もいらっしゃるかもしれません。実は、日本の場合、オレンジジュースの原料となるオレンジ果汁の大半を、ブラジルからの輸入に依存しているのです。

 これは、決してオレンジジュースだけの話ではありません。今私たち消費者が、目を向けなければならないのは、まさに「レジの向こう側の世界」なのです。買い物は、決して自分の財布とレジの間で完結するものではありません。手にした商品が、どのような原材料で作られているのだろう、それはどこの国や地域で生産されたのだろう、どのような人たちが生産に関わってるのだろう、そして、どのような旅を経て自分の手元にやってきたのだろう、そのような「ストーリー」や「背景」こそが、昨今の価格上昇の要因となっているのです。

 当然、生産から店頭に並ぶまでの供給過程が国内で完結する商品は少なく、私たちの衣食住を支える多くの商品は、いくつもの国境を越えて手元に届けられます。だからこそ、事業者は供給過程について「責任ある調達」を求められ、消費者はレジの向こうの世界に思いを寄せ、商品が持つ「ストーリー」や「背景」を意識することを求められます。これが、エシカル消費の基本理念の一つです。

 長い歴史の中で、産業構造は、狩猟から農耕へ、さらに工業化からサービス化へと大きく変化しました。そして、今は急速なデジタル化とAIの出現によって、経済活動も消費活動も転換点に立っていると感じています。消費行動の第1段階は、欲しい、あるいは必要だと思う商品やサービスを手に入れることで満足を得る「モノ消費」、第2段階はモノに加えて体験や学びに対して対価を支払う「コト消費」、店舗や地域や人とのつながりを重視し、関係性を消費の対象とする「ヒト消費」が第3段階と言えます。これがさらに、自分の消費の影響や意義を考え、商品のストーリーや背景を慮る「目的消費」「エシカル消費」が第4段階への進化となります。

 デジタル化の進展とAIが経済活動に大きな影響を及ぼす時代に、消費者は何に「価値」を求めるのでしょうか。その答えは、「Well-being(ウェルビーイング)」だと考えます。かつて、隣の家と同じモノを所有したいと願い、均一化した豊かさを求める20世紀型消費スタイルから、21世紀は個性とブランドを重視する消費スタイルへと転換し、これからの消費のキーワードはウェルビーイング、つまり自己実現や精神的な充実、社会や人との絆の重視です。

 消費は、本来利己的な行動であることは間違いありません。まず優先されるべきは、自分自身の満足です。ただ、それだけではなく、ほんの少しだけ「利他的」な判断基準を加えてみましょう。自分の満足にプラスして、誰かのため、どこかのため、未来のためにつながる商品選択をすることで、個人の心身と社会がともに良い状態を目指す、まさにレジの向こう側の世界とWell-beingが結びつく消費価値がここに生まれます。