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とくしま歴史文化総合学習館(徳島県立埋蔵文化財総合センター)

レキシルとくしま

加茂宮ノ前遺跡の発掘調査成果について(「銅剣形石製品」特別展示)

 平成30年度に実施した阿南市加茂宮ノ前遺跡の発掘調査の出土品の中で、県下で初めての出土となる弥生時代の「銅剣形石製品」が含まれていることがわかりましたので、以下の通り概要を発表するとともに、下記の日程で公開いたします。

特別展示

日時:令和元年9月14日(土)~10月13日(日)(レキシルとくしま企画展 「長国の埋蔵文化財陸(6)in埋文センター」において特別展示)
場所:徳島県立埋蔵文化財総合センターレキシルとくしま (板野郡板野町犬伏字平山86番の2)
問い合わせ先:公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター (088)672-4545

遺跡の概要

 加茂宮ノ前遺跡は那賀川の中流域の南岸、加茂谷川が合流する付近の標高約26mの自然堤防上に立地している。平成28年度から開始した発掘調査では、弥生時代中期後半から古墳時代前期初頭(紀元前1世紀から紀元後3世紀)の竪穴住居より、国内最古級の鉄器の生産を行った鍛冶炉が複数確認できた。加えて、縄文時代後期から弥生時代中期の集落において国内最大規模の水銀朱を生産していたことが発見されている。

調査成果

 弥生時代中期末(紀元前1世紀前半:約2,000年前)の竪穴住居を中心とした集落が確認され、その東端の竪穴住居から「銅剣形石製品」が出土した。以下にそれらの特徴を記す。

(1)直径7mを測る18号竪穴住居の掘削調査中に出土したもので、共伴する土器から弥生時代中期末(約2,000年前)の年代が考えられる。

(2)銅剣形石製品は切っ先部分が欠損している。残存する大きさは長さ24.1センチメートル、幅5.4センチメートル、厚さ1.4センチメートル、重さ120gを測る。

(3)刃部が平行に整えられておりその中程の左右に刺(とげ)状の突起がある。平面形状は平形1(ローマ数字)式銅剣に類似している。

(4)石材は黒色の堆積岩が使用されている。類似した石材を使用した銅剣形石製品は畿内を中心に出土している。

(5)今回出土品の鑑定を依頼した愛媛大学ミュージアムの吉田広准教授によれば、本来存在していた表裏の樋(ひ)が研磨の進行によって失われかけていること、関部(まちぶ)に施された双孔(そうこう)の位置が下端から1.4センチメートルしか離れておらず、極めて低い位置にあることなどから、製作当初は細形ないしは中細形銅剣を模倣して製作したものが、再加工によって平形銅剣の形状に作り替えられたものと考えられる。

銅剣形石製品が出土した竪穴住居
銅剣形石製品出土状況
銅剣形石製品

評価

 弥生時代の青銅器祭祀の道具としては銅鐸と武器形青銅器(銅剣・銅矛・銅戈)が存在している。銅剣は当初朝鮮半島から実用品としてもたらされたものであるが、国内では祭器として細形から中細形、中広形、平形と次第に形を変えていったと考えられている。銅剣形石製品はおもに細形ないしは中細形銅剣を模倣したものであり、瀬戸内、近畿、北陸地方を中心として約80点出土しており、銅剣の役割を補完するように祭祀で使用されたものと考えられる。

 今回出土した銅剣形石製品は県内初の出土であるとともに、平形銅剣を模倣して製作したものとしては全国初の例となる。本来、銅剣はその役目を終えると埋納されたり、破壊されたりしており、その模倣品である銅剣形石製品も同様に使用後は廃棄されるものと考えられているが、今回の加茂宮ノ前遺跡の銅剣形石製品は形状を変化させることによって再びマツリの道具として使用されたことを示す非常に珍しい例である。

 これは近畿地方と同様に銅剣と銅剣形石製品を使用した祭祀を行っていた加茂宮ノ前集落の人々が、平形銅剣という新たな形の銅剣の受容に際して古い形の銅剣形石製品を再加工することで、地域独自の祭祀を行っていたと推定できる。今回出土した銅剣形石製品は加茂宮ノ前集落の人々が特産品である水銀朱を交換財として入手した可能性が高いと考えられることから、近畿地方との水銀朱の交易ネットワークを考える上でも極めて貴重な資料である。

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