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平成29年12月28日 年末(臨時)記者会見 フルテキスト版

今年1年を振り返って(説明)

(幹事社:司会)
 それでは今年最後の会見になります。よろしくお願いします。

(知事)
 はい、こちらこそ。
 まずは皆様方には1年間、本当にお世話になりました。
 心から御礼を申し上げたいと思います。
 まず大抵は1年間をこう振り返る場合に、その年の世相として干支の話、このように申し上げて参りました。
 1月の最初の新年の会見の時、今年の干支「丁酉」ということで、まさに様々な価値観、こうしたものがどんどん動き出してきた。そして、「歴史の転換点になる」このように申し上げたところでありました。
 世界、あるいは日本の国内、大きな歴史の転換点、このようになったんではないか、おそらく後世を振り返った時にはなるんではないか、このように思っております。

 そうした中、じゃあ徳島はどんな感じだったのか、この点について少し私の思いも込めてお話を申し上げていきたいと思います。
 様々今年、いいことも悪いこともあったわけではありますが、やはり、マスコミの皆さん方の関心、あるいは県議会、県民の皆さんということであれば、この「とくしま記念オーケストラ」の問題、これを外すことはできないんではないか、このように思っております。ということで、このお話を申し上げていきたいと思います。

 実は、「とくしま記念オーケストラ」、どうしてこれを作るようになってきたのか、その経緯について少し掘り下げてお話を申し上げていきたいと思います。
 私の、自分の個人的なところから入りたいと思います。
 まずは子供の頃、まだ小学校の2年生ぐらいの時ですね。親から2枚のレコード、まだその当時はステレオなんていうのは多くの家庭にはなかった。プレイヤーっていうね、そこでプレーヤーだけじゃ意味がないので、レコードを2枚買ってもらいました、ていうか付いてきたのかもしれないですね。
 その1枚、これはオーケストラのものでした。言うまでもなくその1枚、表側にはベートーヴェンの第九、その第4楽章、こちらがしたためてあったんですね。
 そして反対側はシューベルトの「未完成」ですね。これが当時流行っていたのかもしれませんね。これもまずは第九というイメージ、その頃から持ったということです。
 そして、もう一枚はこれはピアノ名曲全集ということで、よく色々なコマーシャルなどでも聞く、そうした曲がしたためてありました。
 これを聞いた時にやっぱり思ったんですね。いやぁ、「音楽っていいな」みたいな感じですね。ということで、すぐさま親に「ピアノを習わせてくれ」と。
 当時、男の子がピアノを習う、自分から言うっていうのは非常に珍しいですし、私も野球だとかサッカーだとか、そっちの中心選手でしたんでね、でもそれを聴いた時にこうビビッときたというかね、まあそうしたことで「ピアノを習わせてくれ」と自分から申し出た。親も普通だったらびっくりするところなんでしょうけどね、「わかった。やりたいんだったら」と。
 ただ、ピアノを買うといっても、当時はそう簡単にできなかったんですね。アップライトと言えどもこちらは実は月賦で買い、しかも頼んでから注文で作るんで、半年間待たされる。でもその間に習いに行かなければなりませんから、当然ご近所に行って通いでピアノの稽古をよその家ですると。しかし、そうした形でもピアノをやっていこうというふう
にしたんですね。もちろん、発表会などでの演奏っていうのもありました。
 しかし、中学受験、これによって、結局はレッスンを断念することになるんですね。
 その後、高校も受験となりますから、独学でピアノをやる。ようやく再びレッスンにつくことができるのが、大学時代と。
 そして大学はもちろん、弓道、本ちゃんの運動家をやるとともにピアノのサークルに入らさせていただきましてね、ただここのサークルっていうのはほとんどプロ級の人達。
東京芸大に行ってもいいんだけど、「まあ、東大の方が良いかな」なんていう人達がたくさんいて、いろんなコンクールで西日本で優勝したとか、全国の準優勝とか、そんな人ばっかりだったんですね。
 でも、そうした中にもやっぱり、しっかりやっていこうということで、ある分野を絞ってやっていく。そして、春、秋の学園祭での演奏、あるいは卒業演奏会こうしたものに臨む。ということでピアノについてもかなりのめり込んでやった大学時代ということでもありました。

 こうした中で、旧自治省に入省することとなります。今の総務省ですね。
 その時はマスコミの皆さん方から珍しい経歴だ、ということで紹介もしていただいたところでありましてね、そうした意味もありまして、自分が役人になった初心として、自分が子供の時代にビビッと感じたものですから、子供さんから国民の皆さん広くこの生活を豊かにしていく、そのためにはクラシックをはじめとする「音楽文化」、これは大変重要なもんじゃないだろうか、当時は地方ではなかなかね、生演奏も聴けない時代でありましたんで、これをなんとか全国に広めていくことができれば、これが私が役人になった実は初心の大きな一つとなったんですね。
 しかし、現実はそんなに甘いもんではないんですね。当時、地方勤務、これを行うにあたってそういう話をしたら、頭ごなしに言われたことが2つ。「芸術文化に手を出すな」、「芸術文化は票にならん」。こうしたことで、施策として企画立案をすることも一切許されない。こうした時代だったんですね。
 しかし、この状況が大きく変わるのが昭和63年です。竹下さんが総理となり、「ふるさと創生だ」ということで、一億円の事業。また、地総債っていうね、こういう起債を行うことによって箱ものを作りやすくする、ということで、地方に次々と例えば中新田のバッハホールとかね、突然田んぼの中に立派なホールができるという、立派なホールが次々と誕生することになります。
 しかし、これも長く続かなかったんですね。つまり、ハードが優先をしてしまって、そこで一体何を演じていくのか。つまり、ソフトが全く追いついてこない状況となり、結果として全国で「税金の無駄遣いだ」、このように言われることとなり、そして行政の芸術文化振興の熱、一気に下火となりました。
 しかし、当時は経済がどんどん上向いていこうと、バブル時代ということもありまして、芸術文化振興については企業メセナという形で引き継がれることになります。
 しかしこちらも平成5年から始まりました、「バブル崩壊」これによって結局下火となるだけではなくて、そこからよく言われる、「失われた10年」日本は突入することになります。

 そして、足していただくとね、ちょうど平成15年ということになるわけでありますが、この年、私は徳島県の知事に就任をさせていただきました。
 当時の徳島、今ではそういうことを言う人は本当にいなくなった徳島なんですが、「文化不毛の地」、「文化果つる地」このように揶揄をされていたんですね。
 私からすると「阿波藍」、その富で育んだ「阿波おどり」、「阿波人形浄瑠璃」、「ベートーヴェン「第九」アジア初演の地」、どうしてこの徳島がそうした揶揄をされるのか、文化の宝庫ではないか、このように不思議でならなかったんですね。
 そして、国民文化祭が決まっていた平成19年、それを前にして平成17年にその機運を盛り上げていこうと「徳島県文化振興条例」こちらを制定をさせていただき、平成19年の第一回目の国民文化祭、こちらで「あわ文化・4大モチーフ」にこれらを据えたんですね。
 そして、成功裏に終えると、多くの皆さん方が「文化不毛の地と言ったのはいったい誰なんだ」それどころか、「この盛り上がりを一過性に終わらせてはいけない。これをどんどん伸ばしていく必要があるんではないか」というお声をいただいたものですから、当然、「我が意を得たり」ということで、この4大モチーフをそれぞれテーマとして、例えば藍であれば「藍千」とか、阿波おどりであれば「萬の民の阿波おどり」、「萬」ですよね。「百、千、萬」ていうような形。第九は始まりの第九「一」っていう形でね、こうした形で毎年テーマを定めて行なっていく。そのためには、その推進エンジンが必要であるだろうということで「文化立県とくしま推進基金」こちらを造成することにしたんですね。これがちょうど国民文化祭の翌年となる平成20年4月となります。
 こうした中、徳島のこの動きを察知をしていただいたのか、また、京都府の次だからなり手がなかった、こうしたものがあったのか、文化庁の方から「全国初2度目の国民文化祭を徳島でやってみないか」こうしたお声をいただきました。
 しかし、専門家の皆さん方にご相談をする中で「これはやめた方が良い」と、「1回目はビギナーズラックという言葉もある、ところが2度目はそれはないよ。2度目は大変なんだ、難しい。しかも日本の文化の中心京都で国民文化祭をやった翌年、誰も手を挙げないことでも分かるようにこれは至難のわざだ、返上した方が良い。」こうしたお話があったんですね。
 しかし、やはりこの4大モチーフをここまでやって、そして、「文化不毛の地」と不名誉な、こうしたことから逆にあわ文化を発信をしていこうとこうなったために、ここからは逆に「徳島ならでは」の文化に対してのアプローチ、こちらを模索をすることとなりました。
 そこで、ベートーヴェン「第九」アジア初演の地でもあり、そう遠くなく、100周年を迎えてくることがターゲットと入っていた。当時、プロのオーケストラにつきましてはその運営となる収入面、あるいは事業展開、あるいは運営コスト、こうした点でなかなか見合いが難しい、こうした意味で「東京以外でプロのオーケストラを持つのは難しいんだ」このように言われていた。しかしこうした中で、新たなチャレンジとして、常設ではなく徳島の旗のもとに馳せ参じてもらうプロのオーケストラであれば可能じゃないだろうか。特にこのコストの面を抑える。こうした点を考えたところであります。

 しかしこのままでは「寄せ集め」、「どさ回り」、こうした言葉をすぐ東京の皆さん方からレッテルを貼られてしまうということで、その求心力が必要だ。文化功労者に、その後なられる秋山先生、世界的なマエストロでありますが、ご相談を申し上げ、音楽監督にご就任をご快諾いただいたんですね。
 これによって地方でもレベルの高い演奏が聴ける徳島方式、こちらにチャレンジをすることとなりました。
 その結果、平成24 年12 月の二度目の国民文化祭の閉幕式で、文化庁を代表してお越しをいただいた三浦朱門先生から、「文化の救世主・徳島」という大変ありがたいお言葉をいただくとともに、私の方からもご挨拶の中で、「日本文化の代名詞はあわ文化だ。」、あわ文化を世界へ発信をしていく決意を、多くの皆さん方の前でご披露をさせていただき、そしてこの出来上がった「とくしま記念オーケストラ」をベースとして、工夫を凝らした企画、こちらを展開をし、楽団員の皆様方にも、「東京よりも徳島で演奏する方が興味深いよ、楽しいよ。また、徳島を盛り上げていくことに、ぜひ協力をしたい。」、こうした思いを持っていただくことに至ることとなりました。
 従来は、徳島を始め地方では一流の優れた生の演奏を聴くことは、東京や大阪にわざわざ旅費をかけて行かなければなかなか難しい。県都徳島こちらはもとより県内各地でこうしたものに触れる機会を提供をしていくとともに、アウトリーチ事業として、プロの楽団員の皆様方が地域に出向いて、地元の学生や県内音楽関係団体に対しまして、合唱であるとか、あるいは吹奏楽、またオーケストレーションなど、演奏指導を直接行なっていただき、共演もする。また、ミニコンサートも開催をしていただく。こうした展開もなされて参りました。
 また、当時教員の皆様方のOB、OGの皆さん方が会員制として行っておられたニューイヤー、こちらを一般の県民の皆さん方にも広くご参加をいただく、県が実施するニューイヤーコンサートとして、また幅広い年代の皆さん方にクラシックを身近に、しかもフランクに聴いていただこうということで、入門コンサートこうしたものを行いました。
 特にこの入門コンサートでは、当初演奏会の時、普通は小学校の低学年とか小学生はお断り、東京大阪などではそうしたコンサートが多くあるわけでありますが、そうではなくて小学校の皆さん方には是非来ていただこう。でもやっぱり演奏会の最中には走り回ってみたり動いたり、それは大変な時もありました。しかし、楽団員の皆さん方にも、逆にそうした皆さん方、子どもさんのうちからしっかりと音楽に接してもらうそれはクラシックの裾野、これを広げていく絶好の機会じゃないだろうか。ご協力を多くいただいたところでもあります。
 そしてこの子供さん達も入門コンサート、回を経るごとに音楽文化、その振興というだけではなくて、芸術、舞台、舞台芸術の鑑賞マナー、こうした点にも大いに役立った。文化立県徳島、その音楽文化向上の裾野の拡大ということで、多くの成果をあげたんではないか、このように思ってきたところであります。

 こうした背景のもと、設立をした「とくしま記念オーケストラ」でありますが、今年、県議会をはじめ県民の皆様方から大変厳しいご指摘とご心配をいただいてきたところであります。まずは、この楽団の調整役を担っていただいておりました川岸氏が法人税法違反などの罪に問われ、そして起訴されるに至り、昨日初公判で起訴内容を認めたことであります。
 国民の義務である納税を怠る、こちらについては決して許されることではなく、結果的にこのような方を政策参与に任命をし、大きな信用を与えてしまったこと、このことに対してはまさに責任を痛感しているところであります。

 また、二度目の国民文化祭この後に急速に「記念オケ」その事業費が伸びたことが指摘をされて参りました。
 音楽文化の裾野、こちらを広げる、拡大をする、その意味。また、「第九のアジア初演100周年」こちらに向けて「ホップ・ステップ・ジャンプ」と、全国から、そして海外からも多くの合唱団に徳島に訪れていただき「第九の聖地・徳島」を国内外にアピールをする絶好の機会、このように考えたところでありました。
 また、新たなチャレンジとして、例えば今では普通に言われるようになった「カルチュアル・オリンピアード」その理念にも通じるスポーツと文化の融合。四国初徳島ヴォルティスのJ1ホーム開幕戦の記念演奏。
 こちらは選手が入場をするその前に、その雰囲気をホームゲームとして盛り上げようと、サポーターの皆さん方が第九をハミングされるんですね。これにもやはりJ1、四国初ということもありますのでこちらを生演奏でやってみてはどうだろうか、新たな試みでありました。
 また、平成26年5月に開催をした「みどりの愛護のつどい」におきましては、国土交通大臣から「レベルの高い本格的なオーケストラの演奏がまさか徳島で聴けるとは思わなかった」、こうしたお言葉もいただきました。
 さらには「阿波藍」、「LED」、「四国三郎吉野川」、こちら徳島が誇る「青」、これをテーマとした阿波市「アエルワホール」で開催を、平成27年10月に行いました、大容量のデジタル、これが必要となるプロジェクションマッピング。また、高精細のアナログ情報である「プロのオーケストラの生演奏」この融合という、シンクロさせるというのは技術的に大変難しい。
 私も郵政省時代からこれらにチャレンジをして参りましたが一度として成功しなかった。もちろん日本全国でもこれにチャレンジをしたんですが、難しかった。
 それをアエルワホールから全国大会、これが行われていた「アスティとくしま」へ4K、スーパーハイビジョンで伝送するという日本初の試み体感型のコンサート「青のシンフォニー」、これを行い、その11月の国際放送機器展、幕張メッセの「InterBEE」では海外の皆さん方からも評価をいただいたところであります。
 しかし、結果的にはクラシックに偏重しすぎていると、多くのご批判をいただいたところでもありました。

 さらに「文化立県とくしま推進基金」について、こちらは原資がちょうど民主党の、国の様々な業務仕分けということで、宝くじの売り上げ収入、これを国の方で、各外郭のそれぞれの団体の方から、それぞれの事業に応じて地方の方に手挙げ方式で配る、こうした形をとっておりましたが、これを都道府県の方に直入したらどうだろうか。
 これを受けて、この「文化立県とくしま推進基金」これを造成をすることにもなるわけでありますが、原資が税金ではなくこうした宝くじの収入であり、また先ほど申し上げた平成17年に制定をした徳島県文化振興条例に根拠があるとはいえ、外郭団体にこれらを造成をし、そして毎年取り崩し型、確かに金利が上がらない運用では難しいということが背景にありましたが、取崩して事業を行うという手法が結果として議会のチェックをはじめ、事業の透明性を低下をさせたという多くのご指摘を、県議会を中心にいただいたところであります。

 こうした形で、県議会をはじめ県民の皆様方に大変なご心配、あるいはご疑念を抱かしたことに対しては心から反省をするとともに、心からお詫びを申し上げたいと思います。
 本当に申し訳なかったと思っております。
<起立し、頭を下げる>

 そこで、来年に向けての話であります。
 これまで県議会をはじめ多くの皆様方からいただいたご意見、ご提言を踏まえまして、3 年計画で「ホップ・ステップ・ジャンプ」で進めて参りました、「第九」のアジア初演もいよいよ来年の2月12日、メモリアルコンサートを行うこととなり、「第九の聖地・徳島」を国内外に発信をするとともに、クラシックのみならず、「阿波踊り」や「阿波人形浄瑠璃」で必要とされる、これは、江戸時代から育んできた邦楽でありますし、また2月、8月と何と30年にも渡り、ジャズストリートを展開するとともに、横浜、神戸とともに、日本三大ジャズメッカとも評されるジャズ。「あわ三大音楽」に更に磨きをかけ、学生やアマチュア音楽家の皆様方など、県民の皆様方自らが能動的に活躍をしていただく場の提供・設営、これらをはじめとする県民主役の事業展開を図ってまいりたい、このように考えてるところであります。
 また、「文化立県とくしま推進基金」につきましては「スポーツ王国とくしま推進基金」とともに今年度で廃止をさせていただきまして、より透明性の高い条例による基金を創設をして、「カルチュアル・オリンピアード」「東京オリンピック・パラリンピック」、ここをターゲットとするだけではなく、その後のレガシーとしてしっかりとした事業展開ができる形にしていければと考えております。
 今後、予算決算のご審議など県議会のチェックをしっかりといただきながら、世界最大の文化・スポーツの祭典である、2020年東京オリンピック・パラリンピックをはじめ来年から4年連続で、もっと言うと今年を加えると5年連続で徳島が開催地であったり、あるいはキャンプ地となる国際スポーツ大会これをしっかりと見据え、県民の皆様方とともに、徳島発の文化・スポーツのレガシーをしっかりと創出をしてまいりたいと考えております。
 私の方からは以上です。どうぞよろしくお願いをいたします。

今年1年を振り返って(質疑)

(徳島新聞社)
 昨日、初公判について今、知事の方からお話もあったんですけれども、昨日初公判の中で新しく出てきたこととして、単年度にどのくらいの収益を上げてきたのかという話の中で、年間6千万円を上回るような年もあったようなんですけれども、その点についてはどう受け止めてらっしゃいますか。

(知事)
 今、申し上げたように、事業展開がこの3年、ちょうど「ホップ・ステップ・ジャンプ」の第九もあったり、様々なチャレンジこうしたものがあって事業を伸ばしてきた、こうしたことに連動したものと、このように思っています。

(徳島新聞社)
 それじゃ、下請けの業者の方がその音楽事業を運営する中で、6千万円、1社が収益を上げていたってことについては妥当だとお考えですか。

(知事)
 これについては、事業に応じた部分だと思っております。ただ問題は、それだけの事業が十分にこなしてこられたっていうことはあるわけでありますが、本当に偏りがなかったのか、そうした点は今ご指摘のあった点であるのかもしれませんが、やはり記念オーケストラ、これを使っていくといった中で、楽団調整こうした点についてのノウハウをお持ちであったといった点に、そこの部分が集まったと思っています。

(徳島新聞社)
 要するに、川岸さんの働きっていうものに、1年間の働きっていうものが6千万円に見合っていたというふうにお考えだということでいいですか。

(知事)
 それだけの事業を、県として行ってきたということですね。もちろんそのことが、今のお話でも申し上げたように、あまりにも事業が増えすぎたんではないか、クラッシックに偏重したんではないかという形での批判を招いたということは、これはそのとおりだと思っています。

(徳島新聞社)
 要するに,だから、川岸さんの1年間の働きっていうものは、その6千万円の価値があったということでいいですか。

(知事)
 それだけの事業を記念オケが行ってきたということになるかと思います。

(徳島新聞社)
 従前から、細かなお金の流れでありますとか、その経緯に関しては、捜査機関に任せるというようなお話でご説明されてきたかと思うんですけれども、昨日の初公判の中で明らかになったことというのはごくごく一部で、あまりその、これまで疑問だ、疑問だと言ってきた県議会とか、この定例会見とかで聞いてきたことの中身っていうことに対しては、やはりちょっと法廷では明らかに今のところなってなくて、その次回の公判でも被告人質問はあるんですけれども、情状面を中心にされるようなので、あまりその法廷で何かこれから疑惑が解明されるっていうようなことは、どうやらなさそうなんですけれども、プロに任せるとおっしゃってきたことで明らかにならないとなった際に、明らかにならないようなんですけれども、改めて県として、やはりその川岸さん本人から、具体的な経緯であるとか事業費の流れっていうのが、聞かないとわからないと思うんですけれども、それについて行うお考えはありますでしょうか。

(知事)
 まずは今の話として、事業が適正に行われたのかっていうのが1番のポイントになるんではないかと思いますね。そうした中で、今回その脱税事件だと、この脱税がどんな形に最終、次の公判がまたあるわけですんでね、そうしたものの流れの中で、今その出てこないというお話があったんですが、それよりも、その脱税する、じゃあその構図がどうだったんだと、どういう脱税なんだ、あるいはよくマスコミの皆さんも、あるいは議会でも言われるどのくらいの利益、所得を得ていたのかと。こうしたところは当然脱税にリンクするところになってきますし、議会でもあるいはマスコミの皆さんも、そこが1番のポイントなんだと。どのくらいの収益を上げたんだといった点が、言われてきたところであり、我々としては概計からみてこのぐらいではないだろうか、このような話はすでに県議会でもお話を事業者の皆さん方から聞いて、出させていただいているんですね。だからそうした点について、どういう所得、もうけを取ったのか、というところはおそらく出てくるんではないのかな。これは以前の会見の時も同じ質問をいただいて、公判でいったい何を期待するんですかという質問を同様にいただいて、お答えをしたとおりのところでありますので、やはりそこが大きなポイントになるんじゃないのかなと思っています。それが例えば莫大なもうけをしていたんだということになれば、事業費が場合によっては適正ではなかったというふうにとらえられるということもあるんじゃないかと。そこのところだと思いますけどね。

(徳島新聞社)
 単年度で6千万円の収益っていうのは莫大だとはお考えじゃないんですか。

(知事)
 収益というよりも、それだけの部分を得て、じゃあそれがどういうコスト部分、当然申告をしていないっていうことは、コストが認められていないということにもなるわけですから、当然それがまるまるが所得ということに、法人的にはきっとなっていない。個人の所得の話は出ていないところで、おそらくそうしたところは次回出てくることだと思うんですけれどね。だから、そこのところはやはり切り分けて考えないといけないんではないかと思っております。というよりも、1番のマスコミの皆さんも、あるいは県議会でも言われたのは、川岸氏ご本人がどのくらいもうけたんだと。会社というのは当然それぞれの運営のコストなどもかかってくる。それをどう経費として認められるのかというのもあるわけなんですが、申告をしていなければそういうコストはまず認められなくて、昨日もあったように、全部がその会社に入ってしまう。で、結果としてそれが全部会社としての所得になるという形になってしまうと。そういう構図だと思いますね。だからその中で、どれだけ本人が所得として得たのかといったところが大きなポイントになる。これは以前すでに申し上げたとおりのところですけどね。

(徳島新聞社)
 いやあの、昨日の初公判では、単年度で所得の部分が2千万とか6千万あったということが明らかになって、その6千万円とかいうお金は川岸さんがその生活費に使える状態で、実際に使っていたというお話だったんですけれども。

(知事)
 昨日、検察からの冒頭陳述で出た話というのは、収益というか会社に入ったお金、それをほとんどもう会社に留保していたんだと、こうした話でしたよね。だから会社としての所得ということで、しかもこれについては申告をしていないということになってくれば、当然そのコスト部分っていうのは、これも言っていない。ただ単に入ってきたものこれが会社に残っている状態ということになるわけですよね。その一部を生活費に充てたっていうことは、じゃあ所得、ご本人個人の所得はいったいどうなっていたんだというのがおそらく次に出てくるんではないのかなと思うんですけどね。
 そして、多くの皆さん方が関心持っているのは、個人がどのくらいその所得を得たのか、つまりもうけたのかといったところが不鮮明ではないかと。なぜそれがわからないのか。 ということで、我々としてはまず概計としてそれをお示しを議会でしたと。そこはやはり何度も言うように、切り分けて考えるべきだと思いますね。会社の所得というものと、個人の所得といったもの。そして関心があるのはこの特に個人の所得、つまりどのくらいもうけたのか、ここの部分ではないかと。
 もちろん、会社が大もうけをしたということになれば、今度は事業費自体が本当に適正であったのか。ただ、会社のもうけというのは、その会社自体の企業努力というのも当然あるわけなんですよね。その企業努力のために、様々なコストを使っていく、信頼関係を持つということが当然あるわけですんでね。そこの個人の所得と会社の所得というところはやはり分けて考える必要があると、このように思っています。

(徳島新聞社)
 少なくとも、コストを払った残りとして6千万円残っていたので、会社としての所得というか利益としては、6千万円あったこともあったということなんですけれども、その個人の利益分がわからないというお話だと思うんですけれども、そこは法廷の中でこれから出てくる見込みは無いんですけれども、そのあたりわからなかったことについては、県として調査はされるんですか。

(知事)
 今その「無いんですけど」っていうお話ですけど、まだこれはわからないんでしょ。無いでしょうと今お話がありましたけど。
 つまり、次の時には、それぞれ弁護側あるいは検察側から質問があるわけですから、当然会社の所得は出たわけなんですが、個人の所得っていうのは出ていないわけですよね。そうしたところは、どちら側からか当然そうした話は出てくるんではないのか。ここで極端な話、ぼろもうけをしていたんだということになれば、これはやっぱりおかしいと。我々としても、そういうことになれば、事業費自体がやはりまずかったんではないかということにもなってしまいますしね。そこは、今「無い」と言われましたけど、出てくるんではないのかなと思いますけどね。

(読賣新聞社)
 このオーケストラ事業、これまで経緯を説明いただいたんですけれど、議会でも答弁されていたように、やっぱり来年2月のコンサートというのは、これはやっぱりその、総括としてはもう所期の目的を達成して大団円を迎えるっていう認識は今もお変わりないっていう形でいいんですか。

(知事)
 もちろんこの、最初2つ大きな目的があって、1つは2度目の国民文化祭、非常に難しい困難ではないか、こう言われていたところを、何とか新しい方式。ここは実は文化庁の皆さん方にも申し上げたんですけどね、これ新しい考え方なんだけど、できるかなっていう話でね。もしこの徳島方式ができれば、その後続く地方と言われる、そしてなかなかオーケストラを持ちたいと思っても難しいと、こうしたところにまさにプロのオーケストラを持つ可能性が出てくるといった点は、評価をいただきました。ということで、その後も国の補助金などもいただいて、事業展開をしてきたという経緯もあるんですね。
 それと、もう1つは当然のことながら、ベートーヴェンの「第九」アジア初演の地、これを平成19年の第1回目の国民文化祭の時から、全国に発信をしようと。当時はまだ世界へというよりも、全国へ発信をしようということで、4大モチーフ、その1つに据えたということがありましてね。もうそのときから当然100周年はターゲット。でも10年前から言うわけにいきませんから、まずは2度目の国民文化祭、全国初をいかに見事に成し遂げるのか。そして、徳島方式といったものを、その後定着し伸ばしていくにはどうあるのか。そして、次のターゲットとして当然、「第九」の100周年アジア初演これを世界へ発信をしていこうということで、「ホップ・ステップ・ジャンプ」、1発だけというにはなかなかね。とうのは、やはり合唱団の皆さん方に多く参加していただくというのが1つのバロメーターということでね。今では大阪城ホールの1万人の第九であるとか、両国の国技館の5千人の第九だとか、こうしたものがよく全国でね、すごい規模の第九だと。もちろんそれを行うっていうのは難しいのは多々あるんですよ。そんだけ距離が離れるっていうことは歌いづらいって声もあるんだけど、それだけのものをみんな1つのことに一生懸命になる。そういった点でいくと、来年の2月12日、すでに締め切ったところでありますけれど、3千人を超える合唱団、しかも友好提携10周年を迎えたニーダーザクセン州からも高校生が100人、向こう側から来られる。そうした意味では今、日本のトップレベルの、規模的に言った場合ね、これにまさに遜色の無い「第九」が、まさにアジア初演の地で行われ、そしてこれを1つの大きな今度はアクセルとしてドイツニーダーザクセン州、あるいは鳴門市とリューネブルク市4者が、今北朝鮮を始め世界中が戦争の足音を非常に敏感に感じ取ってきている、こうした中で第一次世界大戦の敵国同士であったものが、奇跡の収容所が出来上がり、もちろん松江さんの見識の高さというものもあったわけですけど、やはり板東、鳴門の住民の皆さん方がお接待の文化でドイツさんと言って、本当に敵国の皆さん方を、ひょっとしたら身内の方がね、亡くなっていたかもしれないのに温かく迎えてくれた。このことが、ベートーヴェン「第九」アジア初演に結びついたと。この史実を今こそ世界に発信をしていく。そのためには、日本国内だけということになると、必ず国際的な今横やりが入ってくる。南京虐殺のお話が1つの契機となり、今本当にあっちでこっちで、ユネスコで問題を抱えてしまっている。しかし、日独2カ国で出す場合には、直接これはユネスコ本部に出すことができるという、ひとつの例外規定がありまして、これが今年の5月、ヴァイル首相、メドケ市長、徳島にわざわざ公式訪問団としてお越しをいただいて、そして4者、泉市長さんも入っていただいて、協定調印を行うというね。こうした形で、いよいよ来年にはこの世界の記憶へチャレンジをしていく。これはまさに、「第九の聖地・徳島」を世界中にアピールをしていく。もちろん鳴門での6月1日に向けての第九であるとか、様々な第九。
 また今回坊ちゃん劇場の13作目として、いよいよ徳島、こちらを舞台とする「第九の聖地・徳島」、初演の地徳島を舞台として、「喜びの歌」というミュージカル、これを1月27日からなんと翌年の1月まで1年間、ロングランでやっていただける。しかも10月18日から21日は徳島で、11月28、29日は東京公演までありましてね。そして昨日の制作発表、私も出ましたけど、ここでは福島民報の方が来られまして、そしてここは松江さんも当然登場人物で出てくるんでね、所長さん。ぜひ福島公演も考えてもらいたいと。会津でしょうね。こうしたお話も出たところでありましてね。まさにこの「第九」100周年が徳島はもとより福島、そして愛媛始めとする四国、東京様々なところ、ニーダーザクセン州、世界も含めて発信がされる大変重要な年になってくるということもありましてね。そうした意味では、ここをしっかりとした次のターゲットとしてやってきた。そうした意味では、言葉が少し足りなかったのかもしれませんが、ぜひそうした意味で「大団円を迎えたい」と言っておけば、多くの皆さん方のご批判といったものも少し違っていたのかなと。あそこのところでは、「大団円を迎える」といったところに、言葉のところであんまりそういうわびというのもなんなんですけどね、やはりそうした想い、あるいはそうした動きからいくと、そこでやはり大団円を迎えてもらいたいというのが、正直なところと。そうした意味では色々皆さん方が大団円使われるってありましたけれどね。

(読賣新聞社)
 要するにこれで1つの節目を迎えたということで、議会の後の報道陣に語ってましたけど、今回出た一連の問題との関係性みたいなものっていうのは、今でもそういうわけではないっていう認識は変わってないということでいいんですか。

(知事)
 ええ、もちろん確かに県議会の場で、「新未来創造とくしま行動計画」、その中からいうとその次もずっとあるじゃないか。でもこれは当初その時その時で目標を定めて行くところでもあるので、当然変える。もちろん、この「第九」100周年を経て、例えば多くの声で「もっともっとやるべきじゃないか」ということになれば、次の三つ目のターゲットを定めるということも当然あり得るわけで、そこで辞めてしまうんですよとはなから、計画に何も載せないというと「なんで辞めるんだ。誰が決めたんだ。」と今度は逆にそうなる。だからやるということがあったとしても、まず1番目のターゲットは最初の国民文化祭、そして二度目のターゲットが「第九」100周年ということで、今回こうした一連の事案、あるいはクラシックに偏重しすぎではないか、あるいは基金の流れといったものが不透明ではないのかと、こうしたご指摘も、もっとものことでありますので、そうしたことであればここのところで当初の目的があったんですから、終幕とするということは当然ある。

(読賣新聞社)
 基本的にはあるということですか。

(知事)
 いや、終幕とする。

(読賣新聞社)
 一連の今の指摘を受けては計画の変更というか、運営の転換というのではないということですか。

(知事)
 逆に今申し上げているのは、ターゲットをそこに定めているんだけど非常に良かったと。もっともっとやったらいいんじゃないか。もっとクラシックの裾野を広げて、やったらいいじゃないかっていうことになって、次の3番目のターゲット、例えば、東京オリパラを目指せとかそういう声が仮に出るということになれば、当然その目標は変えていくと。
 しかしその声は当然今回は出ないということであれば、ここで終演となる。

(読賣新聞社)
 当初から考えられていたというか、検討していた中での結論という形で。

(知事)
 最初に二つの大きなターゲットを据えましたんで、そこに到達をする。そしてその後の更新がないということですね。

(読賣新聞社)
 この会見の途中でもあったように県民からの心配と疑念ということで、知事も今謝罪されたんですけど、これっていうのは、事業そのものに問題があったことに対するものなのか、それとも県民が心配をしたり、疑念を持ったことに対する責任に対するものなのかと言ったら、どっちなんですか。

(知事)
 後者ですね。

(読賣新聞社)
 後者ですか。

(知事)
 我々は事業としては適正に行われたものと、このように思っているんですね。しかしお金の流れであったり、政策参与に私の名前で任命をした、この人間が脱税を犯した。これは大きな信用を与えたことになりますからね。当然それによって様々な事業展開ができるわけですから、当然そうしたものに対しては私に責任がありますので、任命権者でありますから、任命責任の話も議会で出たところでしたからね。

(読賣新聞社)
 ちょっとわかりにくくて事業自体に問題がなかったら、要するにこの間6月からずっと運用方法の見直しだとか、事業費の流れもわざわざ財団に問い合わせて公表したりだとか、知事もボーナスを返上されたじゃないですか。いわゆる対応とってきたわけですよね。それでも事業自体には問題はなかったというのはなぜなのかなと思うところなんですけど、なぜなんですか。

(知事)
 事業について例えば何度もこれまでも申し上げているように、アウトプットとして「何だこの演奏会は。」というような形、あるいは「何でこんなにばか高いのか。」というようなこと、こうしたことになってしまえばこれは事業自体に欠陥があった。しかしアンケート調査なども行い、今回7月の定演、入門コンサートここでは県が直営でやるという役割が増えた部分なんですけど、そうしたアンケート調査の結果、かなり良いご評価をいだたいたということでもあるんですね。
 ただ事業のやり方、事業自体というよりも様々なやり方というか、それと後もう一つはクラシックに偏重しすぎているというのは事業費がぐっと上がってきた。我々としては「第九」の「ホップ・ステップ・ジャンプ」に上げていく。そして、ただ単にこれまでの100年の「第九」とそれから新しい「第九」。そうした意味では、今この音楽の世界でも冨田勲さんはじめ亡くなられましたけど、ボーカロイド、AIですよね。こうしたものをいかに駆使していくのか。もう作曲自体はそういう時代になって来てるんですけど、演出効果っていうものも、しかも二次元からまだ三次元に行っていなかったものを徳島で初めてスルーグラフという手法を使って、これはなかなか難しい、まだ未知の技術でもあったんですけどね。だからそうしたものを導入していく中で、当然事業費が上がってきてしまったと、そういったことについても多くのご批判を結果としていただくことになった。

(読賣新聞社社)
 そうすると今おっしゃった謝罪の言葉っていうのは、6月の県議会の冒頭の開会の挨拶で知事が申し上げましたよね、一言謝罪のお言葉を。それと意味的には同じということでいいんですか。

(知事)
 いやここは全く違っていて、あの時は報道の皆さん方に私が申し上げたのは、県民の皆様方に対して多大なご心配をおかけしていることに対して申し訳なく思うと、こういうふうに言ったと、謝罪という形は誰も書いてくれなかったですよね、その時は。

(読賣新聞社)
 それと今はどう違うんですか。

(知事)
 そして、ボーナスの返上、こちらについては、県民の皆さん方にこうした一連の心配であるかとか疑問をいかに解消できるのか、その決意表明としてボーナスを預かっていただきたい。もちろん預かるっていう制度はないんですけどね、このように確か申し上げたと思うんです。そこで、その後一連の様々な話があり、そして確かにクラシックに偏重しすぎているかな、あるいは今回先程ご質問もありましたけど、一つの会社に多くのお金が流れたということ。これは確かに事業をやっていただいた部分についての対価ということはあるとは思うんですけどね。多くの事業を重ねることによってそうした不均衡が生じてくるということは当然事業の在り方として、例えばこれが県議会の例えば予算審議を経ていたら、なんでこんなに増えているんだということは、当然質問として出てくる。しかし、外に置いた基金事業としてやってきたもんですから、その後の最終のところ決算とかそういったところで一部はある。だからこれは県議会の皆さん方がいつも指摘されるのは、「なぜ県議会に予算のすべてを計上して事業執行をしなかったのか」そういったところが結局はお金の流れの不透明さになる。別に正面から基金条例を出して造ってるものも多々あるわけですから。こうしたやり方っていうのは、知事がお手盛りでやってるのではないか。確かにそう言われてしまえば、それに対しての反論はできないですよね。ということで、これまでの県議会の皆様方が、もちろん県民の皆さんの声を受けてといったところもたくさんあると思うんですけどね。これに対して対応策についても申し上げてきた、この二つのスポーツも含めてなんですけど、基金を廃止して新たな形で出発をという形も申し上げてきたところなんですよね。
 そうした意味では、根本的には、二度目の国民文化祭を引き受けた。一度目は私ではなかったんだけど、そこから全て私が政策のトップとしてやってきた時期があった。その全体がそれをきっかけとして発足した「とくしま記念オーケストラ」その在り方が大きく問われたわけでありますので、これに対しては今回川岸氏が起訴された内容を認めたということであれば、その人間を政策参与とした人間は誰だ。それは飯泉。であれば当然のことながらそれに対しての任命責任は十分にあるわけですから、そうした意味も込めて今三点申し上げたところですけどね。それに対しては一身に私に責任があるということでここは謝罪を申し上げるということです。

(徳島新聞社)
 よろしいですか。同じ答えなのかもしれませんが、公判でアンサンブル・セシリアが1990年に設立されてから、当初から一回も確定申告していなかったと、最初に税理士の方からも、ちゃんとしなさいよと言われていたにも関わらず、27年間に渡って一度も確定申告をしてこなかったと、そういう方が事業に関わって政策参与になられた。改めてこの点についてはどうなんですか。

(知事)
 これは、驚きの世界ではあるんですが、やはり、そうした人を結果として政策参与に任命してしまった。私の名前で任命していますから、当然これも含めて私の責任ということでの謝罪ということになります。

(徳島新聞社)
 最初知事がおっしゃっていたんですけど、クラシックとかオーケストラに対する知事の情熱といいますか、姿勢はよくわかったんですが、そういう意味での結局川岸さんが言葉悪いかもしれませんけど、知事が力を入れていた事業に、ある意味ドロを塗ったというような言い方も出来ると思うんですが、川岸さんに対して今どういうお気持ちですか。

(知事)
 やはりここは今回出た、会社を設立して一度も申告をしなかったっていうのは、私自身税の世界もやってきましたから、これはまず考えられない話でありましてね。そうしたことからすると、これはもう国民の義務これを一切果たさない。他に確かに様々な点で貢献をいただいてきたことは事実なんですが、しかしそれを含めても、やはり、それは厳しいということですね。しかもその方を政策参与という形で、私の名前で任命したということになれば、当然任命責任と。そして今回の公判内容ですと一度も申告してない、こうした点を考えると形式的にという名前をただ私の名前でやったというだけではなく、ちゃんとそうしたものをよく、その後は納税しているかどうかというものを出してもらったりしましたけど、事業者の人に、そういうチェックも出来ていなかった。
 そういった点も含めて私に一身に責任がある。そこで謝罪をというような話になる。昨日の公判、そこで出た事実を受けてということにもなりますね。

(徳島新聞社)
 今回川岸さんが、たまたまというか知事と埼玉県の勤務時代から、旧知の間柄であったということも、色々疑惑に拍車をかけている面があるかと思うんですが、その点については。

(知事)
 ここはもちろん、埼玉時代から知り合いであったといったことは当然あるわけですが、しかしそれだからといって能力のない人に任せていくとか、あるいはそうした人がその後評価をされるということはないんではないか。というのはこの事業というのが、必ずアウトプットを出さなければならない。じゃあ記念オケの演奏が惨憺たるものでいったい何なんだ。この事業になんで県は税金を投入したんだという評価になった。
 あるいは楽団員の活動といったことが、県民にとって「何あの人たち。上から目線じゃないの、東京の人、あるいはプロなの。」そうしたことになるということであれば、当然これはなんという形をとっているんだ。しかしそうした皆さん方が徳島のためであれば骨身を削ってでもやりましょう。学生さんたちに熱心に教えましょう。子供さんたちが入ってきた演奏会、いいですよ。徳島を好きになりました。来たんだったら徳島でいろんなものを食べ、そして徳島でもって様々な土産物買いましたとか、こうした話も当然、演奏会の度に聞きますし、経済波及効果っていう下世話な話だけではなくて、本当の意味で徳島ファンになってくれた。そのことは実は今年の「第九」の合唱「ホップ・ステップ」のステップの時なんですけど、このときに神戸から来た合唱されている方がぱあっと来られましてね、「去年も来ました。」つまり最初のホップの時ですよね。「前の時も感じたんだけどと、ものすごくそのオーケストラが親しみやすい。レベルが高いのはもちろんだけど、本当に徳島っていう地を愛しているんだな。私は神戸の人間だけど感じましたよ。またいろんな「第九」の有名な合唱に参加しているんだけど、また来年も来たい。」と、つまり100周年。そうした話も、ひとりだけじゃなくて何人もがここのオーケストラっていうのは、こういうオーケストラなんだ。徳島を愛しているオーケストラなんだ。でもこうしたものもしっかりと事業展開をただ単に儲けでやるというだけでは、こうはなってはいなかった。だからこうしたアウトプットが出てないんであれば、知り合いであろうとそんなの関係なく、例えば最初の国文祭で成果をあげたとかそんなの関係なく、全然次元が違う話になるんで、それはもう途中でもう無理じゃないですかということになる。それはすぐに事業者の皆さんであるとか、財団の皆さんも、敏感に感じるでしょうから、もっとマスコミの皆さん方が黙ってないでしょう。何だこの演奏はと。

(徳島新聞)
 知事は、川岸さんの音楽的な経歴とかご存じだったんでしょうか。

(知事)
 今回初めて短大卒とかそういう話が出ましたよね。そういう話は、私はだいたい人と接するときに、その人の学歴であるとか、そうしたことは自分のポリシーとして余り問わない。というのは、私は自治省で採用担当もやってますけど、その学歴でもって人を判断するっていうことは私はあんまりいいことではないだろうという形でやってきましたんで、そういうそのプライベートに関わる所、例えばどこの大学を出てとかね、年齢も今回初めて知りましたけど、そういうことは一切問わないんですね。

(朝日新聞社)
 すいません、今のお話ですけども、政策参与というのはかなり重要な役割だと思うんですけども、そういう方の年齢も知らなかったというのは本当ですか。

(知事)
 女性ですので、こちら側から聞くということはしなかったということです。

(朝日新聞社)
 通常採用の時とか、我々もそうですけど、履歴書とかそういうものを出してもらうと思うんですけど、そういうことはしていないんでしょうか。

(知事)
 おそらく、そうしたものが事務的には出ているのかもしれませんが、私が正面から今お話にあるようにいろいろな機会に、年齢いくつですかと、男性に対してもあまり聞きませんので、特に女性に対してはそうしたものは一切ない、そういうことだと思ってください。別にちゃんとしたチェックをしていないということではない。

(日本経済新聞社)
 すいません。記念オーケストラに関してたくさんいただいたんですけども、それ以外に関して、例えば、今年県政に対してこういう進歩があった、もしくは、課題を積み残しているとかそういったことがあればお聞かせください。

(知事)
 はい、ありがとうございます。
 今年の場合にはやっぱり災害対策これも大変重要であったんではないのかなと思います。というのは、昨年熊本、鳥取中部で発生確率が低い低いと言われた活断層型の直下型地震これが相次いで起きた。本県の場合には日本最大級の活断層であります中央構造線活断層を構えているということがありまして、当然これに対しての対応を当時は発生確率が低いと言われていたんで、なかなか対応はするのはどうかと議論はあったんですが、平成25年8月30日ここに土地利用規制、鳴門から三好まで80キロ(推奨する区域含む)、40メートール幅で指定をさせていただいた。
 そしてその後この実際に起こるんだということになりましたんで、今年の7月になりますが被害想定、そして最大3440名の尊い命が失われるであろうということが出たというところでありました。この被害想定を出すとともに直ちに市町村の皆さん、また防災関係の皆さん方にこの内容を詳細にお伝えするとともに、避難所のあり方であるとか、9月の総合防災訓練こうした点も踏まえる形で対応をさせていただいたところでもあります。またさらには課題として7月に起こった九州北部の集中豪雨、線状降水帯という新しい言葉が出たわけでありまして、これは徳島でもいつ何時起こってもおかしくない。
 確かに被害想定を出していったということもありまして、地震にしっかりと備えていくそうした意味での維持管理つまり県土強靭化をするためには公共事業の少し枠外になっている維持管理経費、こうしたものの充実をしっかりする必要がある。例えば河川こうしたところに堆砂が溜まっている。流木、あるいはもう木が生えているこうしたものを流下能力を高めるためにしっかりと維持管理費というものを増額する中で対応すると。平成29年度当初予算43億ということで、対前年では、3.5パーセントの増とさせていただきました。要求基準上はプラスゼロパーセントだったんですけどね。
 そして9月補正で線状降水帯この反省といいますか、教訓とする中でさらに河川などの堆砂対策に補正を組ませていただいたと。これを受けて平成30年(度)県の予算の要求基準維持管理こちらを5.0パーセント増にまで持っていったということにしております。
 という形でこの安全・安心、さらには今年のゴールデンウィーク開院となりましたが、全国初となる東日本大震災発災以降「高台移転の病院」ということで、新生「海部病院」を造るとともに、ここに若い先生方の研修機関「地域医療研究センター」も同時に開所するとともに、南海トラフ巨大地震、津波が来るのを前提として、「ツインヘリポート」、病院の上にも自衛隊のヘリが10トンでも対応できるように、そしてさらには立体駐車場の上には双発の自衛隊のヘリでも対応ができるように、という形で平時から災害時を、災害時に平時を考えるシームレスでの対応も行わさせていただいたところであります。
 またさらには今介護の現場が大変だということで、これは保育の現場も同じなんですが、とにかくどんどんどんどん介護の対象となる高齢者の皆さん方が増える。でも、ここに対応する若い職員の皆さん方の数が減っていく。そしてどんどん勤務環境が厳しくなる。こうした中で介護全体の経費もなかなか伸ばすことができない。でも賃金を上げなければなり手がいない。
 こういう中で徳島発のまさに新しい処方箋として、徳島県版の介護助手制度をスタートさせました。当初30名の定員で募集をしたところ、なんと153名来られなんとか予算のやりくりをして38名で、県の社会福祉協議会を中核として、それぞれの施設の皆さん方にご協力をいただいて、決して介護のそうした知識がなくてもOJT研修を受けていただいて、即戦力として今度は採用して頑張っていただく。非常に施設の皆さん方からは評判が良くて来年は倍増、いや3倍増してもらいたいと、うちで是非雇いたいとこうしたお話もありました。
 また、これによって今正規の皆さん方が行っている介護の事業その周辺の介護支援事業ということで、例えば、食事のお世話であるとか、相談業務であるとか、ベッドメイキングであるとか、こうしたものを切り分けてアクティブ・シニアの皆さん方が対応していただく。しかもアクティブ・シニアの皆さん方は、年金をいただいている方々でありますので、働きすぎると年金カットになると。でも熱意があるということで、全体的なコストこうした面でもそのコストとして浮いた部分を正規の皆さん方の賃金アップにあてることができるんではないか。こうした点もいよいよスタートを切ったところでもあります。
 さらには県西部においてはトリプル認定ということで、インバウンド対策を今国を上げて、そして昨年12月こちらは2020年に2千万と言っていたものが、昨年2400万人を超えてしまったという観点から4000万、2030年に6000万を引き受けるためには、やはり東京を中心とするゴールデンルートではなくて、我々四国しっかり頑張る必要がある。
 特に「にし阿波」の伸びがすごい。これは総理も至るところでおっしゃっていただくところでありました。そうした「にし阿波」、当然官公庁が出している広域観光圏第1号認定でもありました。「にし阿波~剣山吉野川観光圏」そして次に農林水産省がインバウンドとして出した二つの制度「食と農の景勝地」、こちらも全国5団体のうち西日本では唯一。また、日本農業遺産全国8団体の中で、3団体だけが世界農業遺産にチャレンジができる。その三つの中の一つに加わることができました。
 ということで、「にし阿波」トリプル認定とともにDMO候補法人となっていた「そらの郷」が日本で第1号認定となるDMO法人となったところでありました。今では日本のモデル「にし阿波」とまさに名実ともに言われるようになり、今年のラフティングの日本初の世界選手権、来年のアジア初となる第30回ウェイクボード世界選手権、そしてラグビー、東京オリパラ、ワールド・マスターズゲームスと5年連続での国際大会、インバウンドこうしたものに対してのまさに日本のモデルに発展をしていってもらえるんではないか。
 そうした意味では玄関となる徳島阿波おどり空港につきましても、国際空港機能CIQなどを持つ新たなターミナルや三つ目のボーディングブリッジを建設中であります。年明け1月ちょうど香港からの連続チャーター第一便に合わせてオープンしていこうと。こうした空の玄関についても、これから国策としてどんどん進めていくインバウンド対策こうしたものにしっかりと呼応していければなと。こうしたチャーターからプログラムチャーター、そして連続チャーター。今の世界各地でのエアラインの皆さん方は、ぱっと定期便を導入する。でもすぐに撤退ということになりまして、今ではこうした様々なチャーターを行いその実績を見る中で、その延長線上に定期航路を開設していく。これが今大きな動きとなってきた。
 特に日本が急激にインバウンド対策を国策として行い、様々なお金の面も含めて対策を行っている。こうしたものに敏感に反応している。そうした世界各地のエアラインの動きでもあるわけでしてね。我々としてもこうした動きをしっかりと見る中で、この定期チャーター、あるいは、これからの連続チャーターからまさに定期便になっていけるようにしっかりと進めていきたいと考えております。
 こうした形で、後もちろんのことながら消費者庁等「新未来創造オフィス」が7月24日、日本の有史以来初となる形で県庁10階にオープンとなったところであります。我々としては江﨑大臣が1カ月後にお越しいただいて、この素晴らしい取組みというものを3年間、そして多くの実績を上げていただいて、3年後の全面移転に向けて、自分としても応援をしたいと、たいへんありがたいお言葉をいただいたところであり、私だけではなくて、こちらは県を挙げて四国を挙げて、関西広域連合を挙げて今回の3年間の期間といったものを新次元の消費者行政、あるいは消費者教育が徳島から、四国から、関西広域連合の地から発信ができるようにし、そして3年後大きな成果が徳島、四国、関西広域連合に訪れるようにすることができればなと。そうした意味での大きな一年でもあったんではないかとこのように思っております。
 以上です。


(NHK)
 記念オケ問題もうかがったんですが、今回みますと文化事業は非常に難しいなというのが私の感想なんですが、知事として、今回の問題点、もっと言うと教訓とはどういうことがありますか。

(知事)
 やはり、定期的に例えばオーケストラをやっているところ、例えば地方と言われる山形であるとか、広島であるとか、群馬こうしたところも公のオーケストラ、広島は市ですけどね。やっぱり年間に事務局経費として人件費であるとか、あるいは管理運営経費としてやっぱり7、8千万かかってしまう。これは事業費とは別の話なんですよね。
 こうしたことを考えると確かに地方でそうしたものを持つというのは今回の徳島のオーケストラの方式、つまり記念オケのやり方でいくと、事務局をきっちり置いていないがゆえに、様々なお金の流れがおかしいんじゃないか、こうした話になってしまう。だからしっかりと事務局を置いてそして多くのお金をつぎ込みやっていくと、そこの事務局というか、それは法人になったりするとは思うんですけどね。そうしたところが事業を展開していると、県がそこへ補助金を出す、あるいは事業の買取をするという形であれば、これはだいぶ違った展開にはなったんだと思うわけなんですが、あまりにも年間の維持管理コストが高すぎる。なかなか地方では無理というのはもともと最初にあったんですよね。二戦級、三戦級の演奏してもらうわけにはいきませんし、今申し上げたところは立派にやっておられるわけなんですけどね。
 そうしたことを考えていくと確かに2度目の国民文化祭の前の平成23年からのチャレンジではあったわけですけどね。二つの大きなターゲット2度目の国民文化祭の成功、そして「ホップ・ステップ・ジャンプ」の「第九」100周年とこうしたターゲット、この期間チャレンジをさせていただいたということで、県民の皆様方にもお許しをいただければなと、こう思っております。
 しかし、これが全く無駄であったということにはしたくないなと。つまり、クラシックだけではなくて、音楽文化なんと言っても徳島は邦楽、ジャズこうしたものも盛んなところでありますので、今後は県民の皆さん方がただ聴くというのではなくて、自分たちがチャレンジしてみようと。子どもさんたちにとってみると、将来そういう演奏家になってみようと、そう思える地徳島なんだ。県民主役のそうした音楽事業をやっていきたいと申し上げたのはそういう意味でして、そういうことであればどこかにそういう事務局体制を持つことがあるとか、そういうことではなくてそれぞれの団体であったり、あるいは大学であったり、あるいは名西高校はじめとする高等学校であったり、あるいは文化団体であったり、様々な所に県が協力をしていくという形でこれから創ろうとしている新しい基金なども活用する中で透明性の高い展開をしていく、こうしたひとつの在り方があるのかなと。
 しかし確かに今回のとくしま記念オケのやり方といったものについては、事業が大きくなればなるほど多くの疑念を持たれてしまう。これは私としても大きな教訓を得たな、そうした意味では確かに「ホップ・ステップ・ジャンプ」これはもとよりレベルがどんどんどんどんオーケストラとして高くなれば、様々な方面からこんなんやったらどうだ、あんなやったらどうだと確かにチャレンジしてみようと。そのチャレンジをするために徳島がそうした方面で東京中心として評価を受けていく、これは大変良いことだなと、そこのところに少し甘えたのかなと。ただ評価が上がればいいということではなくて、やはりその原資がなんであると。もちろん宝くじの売り上げ収入、多くの皆さん方が宝くじを買っていただいた、また税金というものもあるわけでありまして、そうした点を考えていくと大きな反省を持たなければいけない。
 今おっしゃっていただいたように私が最初にまだ昭和の時代でしたけどね。地方勤務をし、あるいは自治省の中でもそうでしたが、芸術文化、行政が手を出す、それはやめとけといったあの教訓というのは、やはり間違ってはいなかった。しかしだからといって、これまでやってきたことが、誤りであったと私は思ってはいない。
 しかし今回の点については大いに反省をする点が多々あるということで、確かに文化事業そういった意味で非常に難しい色彩があると思うんですけどね。私としても多くの今回ご批判もいただきましたしご疑念といった点もありますので、こうしたものにしっかりとお応えしていくことができればなと。そしてこの徳島という地が、かつて「文化果つる地」と言われ、でも今は逆に「文化豊かな地」なんだ、「豊穣の地」なんだ、そして阿波おどり、阿波人形浄瑠璃、ジャズ、そしてベートーヴェン「第九」アジア初演100周年を来年やると、多くの皆さん方が坊ちゃん劇場始めこれをテーマにして徳島を取り上げた、そして世界に発信していただける、ニーダーザクセン州も同様、これは非常にありがたいことではないかということでもありますので、ここからは多くの皆さん方にご協力をいただいて、文化豊穣の地である徳島、日本の文化といえばあわ文化だと。2度目の国文祭の閉幕式の時に私が三浦朱門さんの後に申し上げたその言葉を何とか多くの皆さん方にご理解をいただいて、発信をしていくことができればなと。しかし多くの教訓と多くの反省をする今回の事業であったと、このように思っています。

(徳島新聞社)
 知事あの、事業が適正に行われたと今日発言されたんですが、例えば政策参与として川岸さんが、事業の立案に関わることができる存在だった。そしてその方が、いわゆる随契方式の中で下請け、孫請けに入ってこれるという、そういう構図っていうのは、行政の在り方として問題はないのか。これが事業の適正なやり方なのか、そういう疑問を持つんですが、その点についてはいかがでしょうか。

(知事)
 ここは、これまでも何度かご質問をいただいてきた点なんですよね。これについて政策参与っていうのはあくまでも非常勤の特別職ということで、例えば決裁権限があるとかということではないと。ただ、様々な点で今お話をいただいたようにアドバイスをしたり、あるいはチェックをしたりということは当然あり得るということがあります。
 ということで、私が先ほど陳謝の言葉を言った中で、政策参与という職を2年弱とはいえそこに私の名前で就任をしてもらったということは、当然大きな信用力を与えてしまった。当然県庁の職員であったり財団であったり、あるいは事業者の皆さん方もそういう経歴のある人ということで、当然様々なアドバイスをいただくということは良いことなんですが、それをスルーで受けてしまうということは当然あり得るということになります。
 そうしたことからいうと、確かに法形式上であるとか県の規程であるとかそうした点では確かにこれが問題があるという構図にはなってはいないんですが。しかし、AIが全ての仕事を行うわけではありませんので、やっぱりそれぞれが、例えば知識がないんであれば、そういったアドバイスを求めていくとか、そうしたものが当然影響につながるということは否定できないところとなりますのでね。形式的な意味では確かにそれは問題があるということにはならないところですが、実際に行っていくのは人、この人たちが全部プロだということであれば、別にそうした人にアドバイスを求める必要はないわけなんですがね。必ずしも地方あるいは専門の事務局をちゃんとどんと構えている、プロを集めているということでなければ、当然そうしたものの影響は受け得るということから考えると、確かに今思えばそこについては大いに反省となる。これも実は先ほど申し上げたものの中に入っている。つまり、大きな信用力を与えてしまったということですよね。

(徳島新聞社)
 知事が今日、冒頭クラシックへの思いを語られたんですが、その説明を聞くにつれ、たぶん県民の中にこういう思いを持った人がいると思うんです。いよいよ知事の好きなこと、趣味じゃないか。県政を私物化しているのではないか。歪めているのではないか。そんな思いを持った疑念にはどうお答えしますか。

(知事)
 もちろん人にはそれぞれの今まで歩んできた道というものがありましてね。その点子どもの時、あるいは学生の時、そして社会人となってと、三つ子の魂百までいう言葉があるようにそれをバックボーンとしてみんな生き、そして自分の人間性を形成していく。もちろん私も役人になった以上、あるいは最初に大きな洗礼を受けるわけですね。学生の時であるとか子供の時の思いそれがストレートに行政でできるもんではないということで、大変厳しい芸術文化に行政は手を出すなというかね。しかしその後はでも大きく変わっていくんですよ。企業メセナがなくなった以降は、やはり今度は企業とそして行政とが一体となって、そしてやっていこうということで今では地方というところでもちゃんとした事務局を持って立派なオーケストラを持ってやっているところもあるわけでしてね。
 だから、そうした意味では決して私物化をしようとかそういうことではなくて、やはり絶好の機会つまり、最初に国民文化祭をやって大きな評価をいただいた文化庁をはじめ、ここはそれぞれ4大モチーフを決めて展開してきた。そうしたものの途中で、「2度目の国文祭をやってみないか。」このようにまで言われた。でも、なかなか難しい。でもその中で「第九」100周年がそう遠くなく訪れてくる。そこでやっぱり自前のオーケストラ、多くの集まっていただく合唱の皆さん方ともにその100周年を高らかに歌いあげていく、これは国内外にしかも今第九っていうのは12月にみんなやっているじゃないですか。しかし、「第九」アジア初演は1918年6月1日だし、鳴門の「第九」は6月の第1日曜日にやっているんですよね。こうしたことをもっともっと多くの皆さんに知っていただく。
 実は、昨日の坊ちゃん劇場の「喜びの歌」ミュージカルの制作発表を作られたあるいは演出の皆さん、音楽をやられた皆さん、誰もアジア初演の地が徳島とは知らなかったと。でもそうしたオファーを受けた時に、あっそうなんだ。じゃあ是非やりたいと、こうなる。こういう「第九」の魅力「キラーコンテンツ」、阿波おどりとともにこうした言葉もよく言われるわけでして、だから、こうした皆さん方の声とかそうした反応こうした点は、やはりしっかりとくみ取ってやっていく。もちろん私が音楽を昔からやってきた。そこに対しての思いがある、これは否定をしません。ということで、冒頭にあえて申し上げた。
 というのは、今のご質問っていうのが確かにあるから。知事が県政を自分が好きな趣味をやったんではないか。決して私は趣味をやったつもりはないんです。そんな趣味レベルのものでは、とてもとても「第九」100年の地なんていうことは笑われるだけですのでね。
 やはりレベルの高い日本でも最高級のもの、世界的にもというものをコンセプト的にも演出的にもやっていかなければならない。そのためには多くの皆さん方のご協力と県を挙げてというね。これはマスコミの皆さん方も同じなんですが、PRをしていただく、様々な点でアドバイスをいただくというね。
 こうした点、これはしっかりとやる必要がいかにあるかということは、いろんな面で多くの皆さんにもご理解をいだだいている。しかしそうはいっても確かに私がそういう出自であるということは否定できませんし、あえてだからオープンにこの際にした。そしてそれはやっぱりそうは言ったって知事が趣味でやっているんじゃないか。そこに宝くじの売上収入であるとか、一部税金を使ったんじゃないのか。こうしたことを指摘される。これは甘受しなければならない。決してそれを否定するものではありません。私のバックボーンを否定してもしょうがないと考えています。

(徳島新聞社)
 今日の会見中に責任という言葉が出てきたんですけど、となると責任の取りようというのが聞いてみたくなりますが、その点はいかがですか。

(知事)
 はい、これは2点ありますね。
 まず、第1点は当然そういうことで今回謝罪をさせていただいた。これが1つ。
 そして2つ目は、やはり今後、そうは言ってもこの芸術文化をもっと伸ばしてくれという声も多々あるわけですから、これからの展開、これをしっかりとやっていく。当面は「第九」アジア初演100周年をしっかりやり上げ、そして年度が替われば、今申し上げた「県民主役」の芸術文化、音楽文化といったものをいかにテイクオフしていくことができるのか。もちろんここの中には、様々な面でお金の流れであるとかそうしたものの疑惑であるとか疑念が指摘をされてきました。そうしたものをクリアにしていく在り方、一つは基金の在り方がありますけど、こうしたものをしっかりと、もちろんこれは2月の定例県議会でご審議をいただくことになるわけですがね。そうしたものを経て、それをやっていくことが大きな責任であるとこのように考えています。

(徳島新聞社)
 もう一つ、疑念の解消、当初から言われてきてたことだと思うんですが、先程も質問の中であったんですが、例えば、川岸さんが報酬をどの程度得ていたのか。それが公判の中出てくればそこで明らかになるんでしょうけど、それが出てこなかった場合、あるいは例えば県に川岸さんが入りこめた経緯であるとか、具体的には例えば誰の推薦でとか、その辺の詳しい経緯はこれまでも語られてきてないと思うんですが、そういった事っていうのは、きちっと県が調べることが出来るテーマだと思うんですが、その点についてこれから調査っていうものはされるお考えはあるんですか。

(知事)
 これは、まず2月9日を我々としては見守るというのがまず1つ。そしてその後はどう、我々に調査権があるわけではもうありませんので、しかしそうしたものの中でさあどうするのか。まずは2月9日だと、こう思っています。

(幹事社)
 何かほかにございませんでしょうか。
 よろしいでしょうか。終わります。

(知事)
 はい、ありがとうございました。
 それでは、話題とはまた別に皆さん方お健やかな年末と、そして素晴らしい新年をお迎えいただければと思います。よいお年をお迎えください。