やさしいブラウザ・クラウド版はこちらからご利用下さい

徳島県の文化財

県内の国・県指定等文化財一覧

最近の文化財指定等について

徳島県矢野遺跡出土品の重要文化財指定について

国指定重要文化財(美術工芸品)〈考古資料の部〉:令和元年7月23日指定

所在地:徳島県立埋蔵文化財総合センター(板野郡板野町犬伏字平山86-2

員数:160点

概要

 徳島市西方,鮎喰川左岸の扇状地上に営まれた縄文時代の集落跡からの出土品。徳島南環状道路建設に先立つ調査で,縄文時代から古代まで,幅広い時期の遺構・遺物が検出され,埋納された状態で発見された突線袈裟襷文銅鐸(とっせんけさだすきもんどうたく)は,「矢野銅鐸(やのどうたく)」と呼ばれ,平成7年に重要文化財に指定されている。

 縄文時代の集落跡は,遺跡の北寄りに集中し,竪穴(たてあな)住居跡や河川の流路跡などから,縄文時代後期初頭を中心とした多量の土器・石器が出土した。

 本件はその一括で,なかでも全面に刺突文がある円形の土面(どめん)は,わが国で最も古く,また現在のところ最も西からの出土例として注目される。また,水銀朱(すいぎんしゅ)を含む赤色顔料が付着した資料や,全形が遺存する縄文土器は,西日本における縄文土器研究の指標となる。
これらは,西日本を代表する大規模な縄文時代集落遺跡の出土品一括であり,その学術的価値は高い。

土面
土器
石臼・石杵

登録文化財(建造物)の登録について

次の3件が新たに国の登録文化財となりました。

(1)椿八幡神社本殿(つばきはちまんじんじゃほんでん)

国登録文化財(建造物):平成31年3月29日登録

所在地:阿南市椿町

建築年代:安政三年(1856)頃

登録基準:2造形の規範となっているもの

概要

阿南市南東部の椿町中心部の境内奥に北面して建つ。一間社流造檜皮葺(いっけんしゃ ながれづくり ひわだぶき)(鉄板仮葺)で,四周縁を腰組で支持する。 組物は八方に手先を出す尾垂木付二手先(おだるきつき ふたてさき)の詰組で,妻飾は二重虹梁とする。組物間や扉回りを人物や植物の彫刻で密に飾る。複雑な構造と豊かな装飾をもつ社殿。

(2)中山家住宅主屋(なかやまけじゅうたくしゅおく)

国登録文化財(建造物):平成31年3月29日登録

所在地:徳島県三好市東祖谷

建築年代:大正前期/平成29年改修

登録基準:1国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

祖谷川上流の久保集落の農家主屋。南正面の寄棟造茅葺(入母屋鉄板仮葺),南西面を出桁造とし,濡縁と吹放下屋を廻す。東から土間付の茶ノ間,中ノ間,座敷を並べ,中ノ間奥を寝間とする。見晴らしのよい南斜面中腹に建ち,山村集落の景観の核をなしている。

(3)栗尾家住宅主屋(くりおけじゅうたくしゅおく)

国登録文化財(建造物):平成31年3月29日登録

所在地:徳島県三好市東祖谷

建築年代:江戸末期/昭和28年頃増築/同63年頃改修

登録基準:2造形の規範となっているもの

概要

祖谷川上流の釣井集落の農家主屋。南正面の寄棟造茅葺 (入母屋鉄板仮葺)で,東から土間付の茶ノ間,中ノ間,座敷を並べ,中ノ間を寝間とする。正面と西側面に縁を廻し,さらに正面に濡縁を通して中央に便所を設ける。祖谷地方の伝統民家の形式をよく示す。

椿八幡神社本殿
中山家住宅主屋
栗尾家住宅主屋

武知家住宅

国指定重要文化財(建造物):平成30年12月25日指定

所在地:名西郡石井町

員数:12棟

主屋,離れ,伝い,宝庫, 庫蔵,通門,東藍床,西藍床,寝床,倉廩,作男部屋,下部家,土地 

概要

武知家住宅は,藍製造で繁栄した吉野川下流域で最大級の藍商の住宅である。広大な敷地の中央に主屋を建て,主屋の周囲を藍生産のための藍床などの付属施設で囲み,東側に通門を構える。主屋は文久2年(1862)に建てられた大規模な建物で,当地の伝統的民家形式を基軸としつつ,二重の本瓦屋根や雄大な式台玄関,広く上質な座敷など,高い格式を備え,接客空間を充実させた発展形態を示している。敷地には江戸時代末期から明治前期に整えられた藍の寝床や付属施設など,藍の生産に必要な建造物群を含む豪壮な屋敷構えがほぼ完存している。当地域の藍屋敷を代表する大型の近世民家として評価が高い。

板東俘虜収容所跡

国指定史跡:平成30年10月15日指定

所在地:鳴門市大麻町桧字尾山谷、同字丸山

員数:1件

概要

板東俘虜収容所跡は,第一次世界大戦中,ドイツとの戦争に伴い発生したドイツ兵俘虜(ふりょ:俘虜とは現在の捕虜のこと)を収容した施設であり,徳島県北東部の鳴門市内西部,阿(あ)讃(さん)山地南麓の南側に開けた扇状地上に位置する。大正6年(1917)4月の開所から大正9年(1920)4月の閉所まで約3年間,最大1千名余の捕虜を収容した。所内には,日本側の管理棟,将校用及び下士官以下の兵舎(「廠舎(しようしや)」),浴室・調理場・便所・病院・製パン所等のほか,捕虜自身が建築した施設も多数存在した。日本側は,ハーグ陸戦条約に則り,捕虜に対して人道的に対応し,管理者の運営方針もあって,スポーツや音楽,演劇,講演会等が活発に行われた。捕虜製作品の展示・販売や,地域における橋の建設,地域住民と行った生産活動や文化活動等を通じ,捕虜と周辺住民との間に交流も芽生えた。平成19~23年度に鳴門市教育委員会が廠舎や製パン所等の発掘調査を実施し,収容所の遺構が良好に残ることを確認した。捕虜の文化的活動等を物語る資料も豊富に残る。第一次世界大戦に関する遺跡として希少なものであるとともに,交戦国間における文化交流を象徴する遺跡として重要である。

画像上:現在の跡地(航空写真)
画像下:板東俘虜収容所遠景

織原家文書(おりはらけもんじょ)

県指定有形文化財(古文書):平成30年3月30日指定

所在地:阿南市橘町

員数:18通

概要

阿南市橘町の海正八幡神社(かいしょうはちまんじんじゃ)の宮司である織原家に伝わる古文書。元亨2(1322)年から応永17(1410)年までの,「橘八幡宮神主職並免田(たちばなはちまんぐうかんぬししきならびにめんでん)」の宛行・譲渡・売渡に関するものがほとんどである。本古文書により,海正八幡神社神主職の変遷の過程が,阿波国南北朝期における北朝方守護細川氏の支配と密接に関係していることがわかる。また,橘湾掌握の歴史的重要性,ひいては県南港湾掌握の歴史的重要性が確認でき,14世紀前半から15世紀前半に至る阿波の在地の歴史を明らかにする点で貴重である。

阿波国桑野保内海八幡宮神主職並免田等事
源重長宛行状
阿波国桑野保内橘八幡宮免田事
都菅周御預状

阿波藍の注染(あわあいのちゅうせん)

県指定無形文化財(工芸技術):平成30年3月30日指定

保持者:古庄紀治(ふるしょうとしはる)

所在地:徳島市佐古7番町9-12

概要

藍染料の蒅(すくも)の製造は,江戸時代に徳島藩の奨励策により発展し,藩の財政を支える重要な産品となった。古庄家は板野郡古川の庄屋で,慶応年間(1865~1868)に阿波藍専門の紺屋を創めた。その後,安定して地下水を確保できる場所を求め,現在地に移転した。古庄紀治氏は父である理一郎氏(昭和52年県指定無形文化財,平成11年死去により解除)に師事し,昭和48年から注染をはじめとする染色に従事するようになった。注染は明治初期に始まったとされる糊防染法で,我が国にしかない染色技法である。型紙のサイズで布を折り返して糊置きするため,一度に両面の防染が可能で,生地の表裏を同じ模様に染めることができる。古庄家は全国で唯一,天然発酵建(てんねんはっこうだて)による阿波藍の注染を行っており,貴重である。また,紀治氏は後継者育成に取り組み,徳島の藍染め技術の普及に努めていることも評価できる。

糊置きの工程
糊置き
藍液の注ぎ込み
注染

四国山地の発酵茶の製造技術(しこくさんちのはっこうちゃのせいぞうぎじゅつ)

記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財:平成30年3月8日選択

所在地:四国地方

保護団体:特定せず

概要

徳島県勝浦郡上勝町,那賀郡那賀町,愛媛県西条市,高知県長岡郡大豊町等,四国地方の山間部に伝承されている茶の製造技術で,刈り取った茶葉を人工的に発酵させることで,酸味を持った独特の風味の茶を製造する技術である。徳島県では阿波晩茶等と呼ばれ,夏場に刈り取った茶葉を茹でてから揉み,桶に数週間漬け込んで発酵させ,最後に乾燥させる。愛媛県では石鎚黒茶(いしづちくろちゃ),高知県では碁石茶(ごいしちゃ)等と呼ばれ,夏場に刈り取った茶葉を蒸してからカビ付けした後に,桶に数週間漬け込んで発酵させ,最後に乾燥させる。茶の原産地に近いタイやミャンマーの山間部に類似の製造技術が見られることから,古風な製茶技術を伝えているとも考えられ,我が国の茶を巡る食文化を考える上で注目される。

茶葉を釜で茹でる作業
茶葉を茹でる
数週間漬け込んだ後に、茶葉を広げて天日乾燥させる
天日乾燥