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徳島県の文化財

県内の国・県指定等文化財一覧

最近の文化財指定等について

「徳善家住宅」の国重要文化財(建造物)指定について

令和元年12月27日文部科学省告示第113号により、次の文化財について国の重要文化財(建造物)に指定されました。

1.指定名称
徳善家住宅(とくぜんけじゅうたく) 1棟 土地

2.所在地

徳島県三好市西祖谷山村

3.年代

慶応2年(1866年)

4.特徴・評価

徳善家住宅は,徳島県西部の山岳地帯,祖谷山(いややま)の西端に所在する。中世山岳武士の家系で近世には祖谷をおさめた祖谷八家(いやはちけ)の一つとなった。主屋(おもや)は慶応2年の建設で,公式の接客の場である上座敷(かみざしき)は質実で格式を示す。私的な接客の中座敷(なかざしき)は柔和な意匠で,二組の座敷を,広い台所などの居住空間とともに大きな屋根に納める姿は雄壮である。
徳善家住宅は,山岳地帯における上級農家住宅の近世における発展を示しており,貴重である。

5.指 定 基 準

(五) 流派的又は地方的特色において顕著なもの

徳善家住宅

国指定重要文化財(建造物)「木村家住宅」の追加指定について

令和元年12月27日文部科学省告示第114号により、次の文化財について国重要文化財(建造物)に追加指定されました。

1.指定名称及び員数

木村家住宅(きむらけじゅうたく)隠居屋(いんきょや)1棟,土地

2.特徴

祖谷山の習俗を示す隠居屋 (近世以前/民家)

3.所在地

徳島県三好市東祖谷

4.年代

18世紀後期

5.特徴・評価

木村家住宅は,徳島県西部の祖谷山(いややま)に所在する。主屋は元禄12年(1699年)の建設とされ,祖谷山で最古の住宅として,また,中層農家の標準的な平面形式の住宅として昭和51年に重要文化財に指定された。
隠居屋は,構造技法から18世紀後期にさかのぼる建物と推定され,当地の習俗である,別居隠居制(べっきょいんきょせい)を示す建物として貴重である。また,近世における構造技法の発展を示すとともに,近代に急速に失われた「二間取(ふたまど)り」の希少な遺構としても価値 が認められる。急峻な地形に対応した敷地とともに追加指定して保存を図る。

6.指定基準

(五) 流派的又は地方的特色において顕著なもの

木村家住宅隠居屋

国登録文化財(建造物)の登録について

次の7件が新たに国の登録文化財となりました。

(1)中村家住宅主屋(なかむらけじゅうたくしゅおく)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:明治24年

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

池田町の中通りに南面して建つ,刻み煙草の商家の主屋。間口15.9mの木造二階建,切妻造桟瓦葺で,両側に本瓦葺の袖卯建を上げる。内部は通り土間沿いに洋風の応接間を配し,廊下を
介し四間取の座敷と繋ぐ。刻み煙草で栄えた池田の様相を伝える。

(2)中村家住宅刻み煙草工場(なかむらけじゅうたくきざみたばここうじょう)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:明治中期

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

敷地北端に南面して建つ。木造二階建,切妻造桟瓦葺で,煙草の刻み工場と伝わる。一階は三室に分かれ,中央を広くとり,床は中央の部屋の西半と東の部屋の北半を板張とし,その他は土間とする。二階は一室で和小屋組を現す。刻み煙草工場の構成を伝えている。

(3)中和商店事務所(なかわしょうてんじむしょ)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:大正後期/昭和32年改修

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要
池田町の杉尾通りに西面して建つ。事務所棟は,木造二階建の北に,平屋建の南北棟が接続し,背面に居住棟が続く。外壁は,正面一階をスクラッチタイル張,他はモルタル刷毛仕上とする。内部は事務所棟が洋風,居住棟が和風で,市街地の街路景観を形成する。

(4)中和商店酒造蔵(なかわしょうてんしゅぞうぐら)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:大正15年頃

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

敷地中央,事務所の東側に建つ,木造二階建,切妻造桟瓦葺の酒造蔵。L 字型平面の中央に貯蔵蔵,南東隅に麹室を置く。さらに東側に下家を下し,洗場,窯場とし,西側に瓶詰室が付属し,事務
所と接する。醸造業の基幹施設で,酒蔵の様相を伝えている。

(5)中和商店仕込蔵(なかわしょうてんしこみぐら)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:明治中期

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

敷地北端に建ち,南面西半が酒造蔵と接する。木造平屋建,切妻造桟瓦葺で,規模が大きい。内部は一室で,コンクリートの土間にタンクが並ぶ,小屋組は丸太を水平や斜めに組み,方杖で固めた独特なもので,大空間を造りだす。醸造業に必要不可欠な施設である。

(6)中和商店杜氏宿舎(なかわしょうてんとうじしゅくしゃ)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:大正15年頃

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

敷地東端に建ち,西面南半が酒造蔵と接する杜氏の宿舎。木造二階建,切妻造桟瓦葺で,一階は南側にオクドを据えた土間のダイドコロを置き,北側に板間と畳敷四室を配す。土間の南西に便所を突出し,二階は板間と八畳の二室とする。酒蔵を構成する付属施設。

(7)中和商店煙突(なかわしょうてんえんとつ)

国登録文化財(建造物):令和元年12月5日登録

所在地:三好市池田町

建築年代:大正15年頃

登録基準:(1)国土の歴史的景観に寄与しているもの

概要

酒造蔵の東側に建つ,酒造蔵附属の煙突で,窯場の蒸気を排出する。高さ9.4メートル,基底部1.3メートル角の煉瓦造で,頂部に向けて窄まる。煉瓦はイギリス積で,山形鋼と丸鋼の枠で補強する。周囲からよく見え,地域のランドマークとなる。

中村家住宅主屋
中村家住宅刻み煙草工場
中和商店事務所
中和商店酒造蔵
中和商店仕込蔵
中和商店杜氏宿舎
中和商店煙突

「若杉山辰砂採掘遺跡」の国史跡指定について

令和元年10月16日文部科学省告示第79号により、次の文化財について国の史跡に指定されました。

1.指定名称
若杉山辰砂採掘遺跡(わかすぎやましんしゃさいくついせき)

2.所在地
徳島県阿南市水井町奥田42番9外

3.指定面積
11,920.29平方メートル

4.主な文化財指定と調査歴
(1)1969年(S44.7.18)阿南市文化財保護条例による市史跡指定
(2)1984年~1987年徳島県博物館(発掘調査)
(3)2015年~2016年徳島県教育委員会(遺物調査・分布調査)
(4)2017年~2018年徳島県教育委員会・阿南市(地形測量及び発掘調査)

5.概要説明資料
徳島県南部を東流する那賀川の支流である若杉谷川の西側に広がる山腹斜面に形成された,弥生時代後期から古墳時代前期にかけて,朱の原料である辰砂の採掘を行った遺跡。
地表面には石灰岩やチャートの岩盤が多く露頭しており,岩盤中には部分的に辰砂結晶を含む石英脈がみられる。辰砂の採掘はこうした石英脈を狙って岩盤そのものを打ち割ることで行われており,採掘場所として石灰岩を割り取る露天掘りによるものと,チャート岩盤を横穴状に掘り進めるものの2か所が確認されている。採掘場所を中心とする広範囲において,辰砂の採掘に伴い打ち割られ廃棄されたとみられるズリが広がっている。
岩盤の打ち割りだけでなく,石杵・石臼を用いた荒割りや潰しといった加工が一部行われている。石杵には香川県東部で産出する火成岩であるヒン岩製のものがあり,採掘道具として持ち込まれたものとみられる。出土土器には在地産の他に,鮎喰川下流域産(徳島市)や香東川下流域産(香川県高松市)のものがあり,それら地域の集団も辰砂の採掘に関わっていたとみられる。
弥生時代から古墳時代にかけて朱は銅鐸や土器,埋葬施設に塗布され,葬送儀礼で用いられる等重用されており,その原料である辰砂採掘の在り方を示す全国唯一の遺跡として重要である。

岩盤に開けられた採掘坑
出土した石杵・石臼(徳島県立博物館所蔵)
出土した土器(徳島県立博物館所蔵)

阿波遍路道国史跡追加指定について

令和元年10月16日文部科学省告示第82号により、次の文化財について国の史跡に追加指定されました。

1.指定名称

阿波遍路道(あわへんろみち)
大日寺境内(だいにちじけいだい)・地蔵寺境内(じぞうじけいだい)・焼山寺道・一宮道・恩山寺道・立江寺道・鶴林寺道・鶴林寺境内・太龍寺道・かも道・太龍寺境内・いわや道・平等寺道・雲辺寺道)※赤字部分が今回追加指定

2.所在地

徳島県板野郡板野町黒谷字居内5番 外10筆等(大日寺)
徳島県板野郡板野町羅漢字林東5番1 外9筆等(地蔵寺) 

3.概要

四国八十八箇所霊場をめぐる遍路道は,四国4県にまたがる空海ゆかりの寺社を巡る全長1,400kmにも及ぶ霊場巡礼道である。阿波遍路道は,阿波国(徳島県域)に所在する遍路道で,これまでに延長約16kmの遍路道,及び札所寺院2箇寺が史跡に指定されている。
今回,新たに追加指定の答申を受けた「大日寺境内」は四国八十八箇所霊場第四番札所大日寺の境内地約1ha,「地蔵寺境内」は第五番札所地蔵寺の境内地約3.6h。ともに板野郡板野町内に所在する。江戸時代における四国遍路の発展過程や札所寺院の経営形態を考える上で重要であり,往時の境内景観も良好に保たれている。

大日寺遠景
大日寺境内
地蔵寺遠景
地蔵寺境内

板東俘虜収容所関係資料の県有形文化財(歴史資料)追加指定について

板東俘虜収容所関係資料(平成20年3月28日指定)について、令和元年10月8日,鳴門市ドイツ館所蔵資料304点、徳島県立文書館所蔵資料10点の計314点が追加指定されました。

所在地:鳴門市ドイツ館鳴門市大麻町桧字東山田55-2(299件,304点),徳島県立文書館徳島市八万町向寺山文化の森総合公園内(7件,10点)

員数:今回追加指定分306件,314点(合わせて612点)

概要

第一次世界大戦期に板野郡板東町(現,鳴門市大麻町桧)に造られた捕虜収容所である板東俘虜収容所は,中国山東省青島における戦闘で日本の捕虜となったドイツ兵等のうち約1,000名を収容したもので,大正6年(1917年)から大正9年(1920年)まで使用された。所長の松江豊壽が捕虜らに対して人道的かつ寛大な処遇をしたことや,所内でベートーヴェン交響曲第九番がアジアで初めて全楽章演奏されたことで有名である。
収容所内では様々な経済活動や芸術・文化活動が行われ,収容所内印刷所では所内新聞や各種演奏会プログラムなどの印刷が行われた。本資料は多数ある関係資料のうち,平成20年(2008年)に指定された所内印刷所製作の印刷物298点に追加して,その後の資料整理により新たに板東俘虜収容所及びその前身となる徳島俘虜収容所に関わることが明確であると判明した資料群306件,314点であり,印刷物・書簡類・写真類・美術工芸品が含まれている。

掲載画像説明

画像(1),(2)ヘルマン・ハーケ母への手紙【鳴門市ドイツ館所蔵】

捕虜ヘルマン・ハーケが収容所生活中に母親に対して送っていた書簡。このハガキは1918年6月10日の消印があり、板東俘虜収容所内で「第九」が演奏されたことが書かれている。

画像(3)大谷焼ビールジョッキ【鳴門市ドイツ館所蔵】

ドイツ兵捕虜が大谷焼の技法を用いて作成したビールジョッキ。絵柄には松江家の家紋が用いられており、その横には献呈辞が刻字されている。帰国に際して捕虜が松江所長にプレゼントしたもの。

画像(4)板東俘虜製作品展覧会にて【鳴門市ドイツ館所蔵】

1918年3月に板東公会堂と霊山寺において行われた「板東俘虜製作品展覧会」の会場の様子を写した写真。写真は霊山寺会場のもの。同展覧会は捕虜が製作した家具や絵画作品などを展示した展示会で、多数の来場者で盛況だった。

画像(5)日本人収容所関係者とドイツ人将校の集合写真【鳴門市ドイツ館所蔵】

最前列中央が松江所長。撮影場所は極楽寺境内の石段前と思われる。

画像(6)大正五年十月以降工場日誌【徳島県立文書館所蔵】

徳島工業学校(現,徳島県立科学技術高校)の建築家教師による、作業日誌。徳島俘虜収容所時代に数日間、板東俘虜収容所時代に数ヶ月間捕虜が学校に通い、製作活動を行った記録がある。

ヘルマン・ハーケ母への手紙(表)【鳴門市ドイツ館所蔵】
ヘルマン・ハーケ母への手紙(裏)【鳴門市ドイツ館所蔵】
大谷焼ビールジョッキ【鳴門市ドイツ館所蔵】
板東俘虜製作品展覧会にて【鳴門市ドイツ館所蔵】
日本人収容所関係者とドイツ人将校の集合写真【鳴門市ドイツ館所蔵】
大正五年十月以降工場日誌【徳島県立文書館所蔵】