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広がるSDGs

SDGs×徳島県 WITHコロナ時代を迎え撃つChallenger Vol.2

一般社団法人そらの郷 事務局次長 観光地域づくりマネージャー 出尾宏二さん

一般社団法人そらの郷 事務局次長 観光地域づくりマネージャー

出尾宏二さん(61歳)

プロフィール

JR四国で旅行業務に従事し、2003年から徳島県内の鉄道沿線の観光開発に携わる。
その経験を活かし、2013年、県西部「にし阿波」エリアの観光地域づくりを進める一般社団法人そらの郷※に勤務。
地域の人たちと協働して体験プログラムを提供するなど、観光地域づくりマネージャーとして活躍している。
※持続可能な観光地経営の舵取り役である登録DMO(観光地域づくり法人)に日本で初めて認定された一般社団法人。

住み続けられるまちづくりを

インタビュー全文公開

自然と共生し、心豊かに暮らす生活を守ることこそ、
持続可能性を守る活動にほかならない

出尾さんのご経歴は?

 私の生まれは小松島市で、親子三代で国鉄一家なんです。私も列車への憧れを抱いて国鉄に入りました。入社すぐの頃は、今はもう路線はありませんが日本で一番短い小松島線の踏切係をしていました。手で回して遮断機を開け閉めする、そんな時代でした。すぐに民営化でJRになって、その年の1987年から新しいプロジェクトとして立ち上げた旅行業務に携わってきました。JRにいながら駅の経験は1年半だけで、列車の運転はしたことがありません。旅行商品を企画したりセールスプロモーションをしたり、ずっと旅行関係の仕事をやってきました。2003年からは徳島で鉄道沿線の観光開発をしていました。自身の出身県の魅力を世界に発信したいという思いがあり、2013年にそらの郷へ出向の機会を得て現在に至ります。

そらの郷の活動内容について教えて下さい。

 そらの郷は、美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町からなる「にし阿波」エリアの観光振興を主体的に実施する事業体です。人口が減って産業も少ないこの地域をいかに未来に繋げていくか。そのために地域の魅力を作り、観光という力を借りながら地域の持続可能性を高めるのが活動の目的です。

 2011年に社団法人化し、一般社団法人として運営しています。観光振興のために、地域のいろんな人たちとネットワークを作り、チームを組んで目的に沿って一緒にやっていく。このような地域の観光経営の舵取り役としての役目を果たす組織をDMOといい、そらの郷は国から全国32地域のひとつの重点支援DMOとして認定を受けた登録DMOとして活動しています。DMOとはDestination Management(Marketing)Organizationの略。観光における地域のマネジメントをすると同時にマーケティング、セールス、プロモーションを主体的に展開します。

 具体的な活動としては2つあって、一つは教育旅行です。大阪や東京といった都市部の中学生・高校生たちに、にし阿波の山間部で“農泊”、つまり農家さんのお宅で民泊してもらい、田舎暮らし体験を通じて自分自身を見つめ直してもらおうというものです。

 もう一つは観光振興。これまでの取組みで成果が出ているのは、訪日外国人の誘客ですね。海外からの観光客を田舎に増やし、観光消費を促進して地域を支えていく。この大きな2本の柱で事業を展開しています。

そらの郷の活動の様子。海外から来た大勢の観光客たちが、地元の方に教えてもらいながら餅つきをしている写真。

教育旅行はどのように依頼が入るのですか?

 修学旅行を取り扱う旅行会社さんを通して依頼をいただいています。依頼に基づき生徒さんの宿泊や体験先を各家庭に振り分けます。

農泊先のお宅はどうやって探しているのですか?

 役場の方に手伝ってもらいながら声掛けをして、受け入れ家庭となっていただける会員さんをどんどん増やしています。現在、にし阿波エリアには会員の農家さんが約200軒あります。1軒に4~5名が宿泊できるので、1日に最低でも500名前後は受け入れられます。この人数に対応できるエリアは四国でもそう多くありません。

たくさんの人数に対応できる体制を整えているんですね。現地ではどのようなことを生徒さんに伝えていますか?

 自然と共生するおじいちゃん・おばあちゃんの生活の知恵を子どもたちに伝えています。特別なおもてなしではなく、そのままの日常を見てもらい、昔から続く山の暮らしの知恵を学んでもらいたい。そこに価値を感じてくださり、毎年たくさんの生徒さんが来てくださっています。

傾斜地農耕の体験をする学生たちの写真

そらの郷では地域住民の方によるにし阿波体験プログラムイベント「あわこい」も運営していますよね。

 観光振興の目標として、“住んで良し・訪れて良し”を実現しようとしています。来訪者に魅力を感じてもらうだけでなく、観光によって地域が元気になり、住民の方々が「ここで住んでよかった」と実感できるようにしたい。そのために地域の人と一緒になって実施しているのが「あわこい」です。イベント内容は手芸や料理教室、野菜収穫体験などさまざま。来訪者と交流することの楽しみやプログラムを提供できる喜びを一緒に高めていくことが観光振興には極めて大事だと思っています。

インタビューのはじめに、そらの郷の活動について「地域の魅力を作り、観光という力を借りながら地域の持続可能性を高めるのが活動の目的です」とおっしゃっていましたが、持続可能性を高めるための課題は何だと思いますか?

 私どもの地域の課題は人口減少と、観光のお客さんが増えても担い手がなかなかいないことです。担い手がいないと、せっかく地域に魅力が増しても将来の子どもたちに渡せなくなってしまいます。持続可能性を担っていく人たちを作ることが大事だと思います。

 それと、来訪者に山の暮らしそのものを見てもらって、じつは身近な所に持続可能性のシステムがあることを感じ取ってもらう。別の言い方をすると、持続可能性を内包した山の暮らしを観光産業に活用して地域振興に役立てること。それが課題だと思いますね。

展望台から美しい傾斜地集落を眺める観光客の写真

山の暮らしの中に持続可能性が秘められているのですね。例えばどのようなことですか?

 にし阿波では、山の高い所に住んでいる方が多くいらっしゃいます。空に近い山の暮らしの中に、実はSDGsを進めるにあたってとても大事な概念があります。傾斜地集落での農耕では、そこで育つススキを肥料として活用しています。だから外から肥料を持ち込まなくてもずっと農業を続けていけるんです。さらに、土壌にすき込まれたススキと畑に組んだ石積みがろ過装置となって、農業で使った水が汚染されることなく川に流れ下ります。だから地域に流れる貞光川や穴吹川はずっと日本屈指の水質を誇っていますよね。人が住んでいないわけではなくて、伝統的な農法を続けているから環境が保たれているんです。

 資源を永遠に循環することによって同じ農業を1000年以上続けられるという、持続可能性に貢献する素晴らしい農業のシステムなんですが、現地で暮らしている農家の方々はそのことを意識せずにやってらっしゃいます。先人の知恵として脈々と受け継いで守ってくださっています。

 このような事実に、私どもは観光で見学に来た欧米の人の反応からも気付かされ、地域の宝として守っていこうと思ったんです。彼らはにし阿波の集落の暮らしを見て「桃源郷」だと言うんですよ。自然と共生し、心豊かに暮らす生活を守ることこそ、SDGsの概念である持続可能性を守っていくっていう活動にほかならないと、そう思っています。

刈り取ったススキの前で記念撮影する海外の方たちの写真

SDGsの取組み事例を教えて下さい。

 修学旅行生を受け入れる農家さんに、子どもたちに持続可能な農業をわかりやすく伝えるためのパンフレットを配布しています。

 この地域では海外からのお客様が随分増えました。欧米の人を中心にSDGsの意識が高いと感じています。ディープな日本を見たいと思っている彼らに何を伝えたらより共感していただけるか。まず迎える側の我々がSDGsを学ぶことから始めています。

 また、ここの傾斜地農法そのものがSDGsの取組みといっても過言ではないので、先祖から受け継いできた農法や文化を守り伝えていくことが、私どもにできるSDGsの取組みの第一歩です。

出尾さんご自身も現地を訪問することはありますか?

 新しい観光素材を見つけるために出向いたり、教育旅行で来てくださる人たちにどんな畑仕事を見てもらおうかと探しに行くこともあります。この石垣はどうやって作ってるかとか私自身も農家の方に話を聞いて随分学ばせてもらってます。地域の価値を訪問者に伝えるインタープリター(解説者)として活動できるようになれればと毎日勉強です。

コロナ禍でいろんな制約がある中での取組みは?

 観光客が激減しているこの情勢の中、もう一度自分たちの足元を見つめて、地域の本当の魅力は何なんだろうと考える時間をいただいたと思って、地元の観光事業者さんや農家民泊家庭向けに研修を実施しています。ふだんお客様にご案内しているプログラムを自ら体験することで、より正確に魅力を伝えられるように頑張っているところです。

 教育旅行では、社会的ディスタンスや感染予防の対策など制約が増えましたが、その制約を逆に「お互いに命を守る」プログラムとして、生徒さんに体験してもらっています。これまでの消費者とサービス提供者という関係からさらに一歩踏み込み、お互いに相手の健康を思いやる気持ちを持つことで、相互の信頼性を高めたり絆が深まります。その取り組みの結果「関係人口」や「地域のファン」が増えていく。それが、直接・間接的に将来にわたって地域を支える仕組みに発展する基礎になると考えています。

 訪問者や訪問地の感染リスクを正しく怖がることも必要ですが、お互いに協力し合い、感染リスクを低減させる関係から、上質な田舎の過ごし方の体験をしてもらえるように実践していっています。

 また、オンラインバスツアーの取組みも重ねています。リモートで現地の動画を見て旅行している気分になってもらい、事前に自宅にお届けしておいたにし阿波の食材が詰まったお弁当を味わってもらうという内容です。これまでに、にし阿波の祖谷渓をフィールドにしたリモートツアーを6回開催しました。

出尾さんの写真

リモートツアーに参加された方の反応はどうでしたか?

 国内だけでなくインドネシアのジャカルタから参加されたお客様もいらっしゃって、すごく喜んでいただけました。離れた場所にいても世界中の人と同時に時間を共有できることはインターネットの強みですよね。地域の経済活性のためにも、早く現地に来ていただける状況になってほしいと思うんですけど、まだ難しい。今は、私どもが伝えたいと思っている持続可能な農業や伝統文化といった魅力をインターネットを通じてPRすることで、次回実際に来ていただいた時により深い交流と感動を味わっていただくための準備期間だと捉えています。

SDGsの普及啓発活動としてどんなことをしていますか?

 来訪者に向けていろんなSDGsを体感できるプログラムを用意しています。例えばカフェにお連れした時に、地元の藍が入ったシフォンケーキにタマネギの皮を使ったお茶を並べてオシャレにお出しするんです。タマネギの茶色い皮を煮出すと美味しいお茶になるんですよ。捨てられてしまうものを捨てずに活用する。これはフードロスを無くすというSDGsの一つですよね。

 にし阿波の農家さんの多くは、自家製のお茶を育てています。生産者の顔が見える現地の農家レストランでお茶を飲むと味が変わると思うんです。そこから理解を深めてもらって、その場所で消費することがお茶畑を守ることに繋がるということを体感してもらいたい。そんなプログラムをたくさん作って、いろんな人達にSDGsを部分的にでもわかっていただけるような取組みを広げていきたいと思っています。

日常で誰もが実践できるオススメのSDGsの取組みには何がありますか?

 地元の食材を美味しく食べるところからスタートするといいと思います。消費を通じてSDGsに参画するんだという、消費の価値をぜひ一度考えてほしいです。よく行くお店で買い物したり飲食したりするときにエシカルな目で見て、地域づくりに貢献するにはどういう消費をしたらいいんだろうという意識を持つことが大切だと思います。

これらの活動を通して、徳島の方に伝えたいことは?

 徳島は、欧米の人の言葉を借りると「桃源郷の暮らし」がある、世界に誇れる場所です。まず自信を持ち、自信を誇りに変えてほしい。環境の豊かさはお金では買えないので、ぜひそれを守る人になってほしいですね。里山に象徴されるように人の暮らしが関わりながら自然の生態系を保っていく、あるいは傾斜地農耕のように水の汚染を招かないような農業の仕方・暮らし方がある、その価値を共有して守る人として活動してほしいです。直接農業に携わらなくても、そこで採れた農産物を消費することや、自分の身近な人に地域の持続可能性に貢献する消費の大切さを伝えることが、結果として農業を守ることに繋がります。そういう活動をする人たちも「担い手」なんです。一人ひとりが素敵な徳島を守るための活動に参加するんだという意識を広げる人になってほしいですね。

 そんなに難しい知識を必要としなくても、SDGsに貢献できること、あるいは持続可能性に合致している・反していることが身の回りにはたくさんあります。たとえば自分が食べるもの、着る服が地域の持続可能性にどう関わっているのか調べてみることから始めて、できることを見つけてほしいです。

今後の目標を教えて下さい。

 にし阿波には自然環境に包まれた心豊かな暮らしがあります。このライフスタイルをずっと持続可能に、孫子の世代に残すことが究極の目標です。自分たちの暮らしそのものが持続可能な暮らし方なんだということにまず気づき、それを誇りにして郷土の愛着を高め、守り継いでいきたい。その価値を理解してくださる世界中の来訪者と共感を深めることで、大きく言えば地球を一緒に守っていく活動になる。これを観光の産業として育て、担い手を増やし、人口は減ったけどこんなに心豊かに暮らせるんだという世界のモデルを作っていきたいと思っています。

出尾さんと地元の方々の写真